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 「恐怖」をテーマに、西欧美術の絵画や版画約80点を集め、兵庫県立美術館(神戸市中央区)で開催中の「怖い絵」展(神戸新聞社主催)。タイトルからは、血みどろの残虐場面や悪魔、怪物を描いた絵を連想するが、恐怖とは無縁とも思える絵も並ぶ。大半を占めるのは重厚な歴史画や神話画、宗教画。作品の背景にある歴史や描かれた内容、描き手の人生を知ることで、じわりと恐怖が湧き上がってくる。知識や想像力が、人間心理に潜む恐怖を呼び起こし、かき立てる。(堀井正純)

 本展は、ドイツ文学者中野京子さんのベストセラーとなった美術書「怖い絵」の刊行10周年を記念して企画された。

 ■画家は殺人犯?

 特別監修を務めた中野さんが注目作に挙げる一枚が、英・ビクトリア朝時代の画家ウォルター・リチャード・シッカート作「切り裂きジャックの寝室」だ。暗い色調の油彩画で、何がモチーフか分かりにくいが、19世紀末のロンドン市民を恐怖に陥れた連続殺人犯「切り裂きジャック」が住んでいたとのうわさの部屋を描いている。

 ジャックは5人の娼婦(しょうふ)らを惨殺し、臓器を抜き取るなどした殺人鬼。有力容疑者には弁護士や外科医らが浮上したが、事件は未解決に終わった。そして、シッカートもまた犯人と疑われた一人だった。彼は、この猟奇的事件に強い関心を抱き、わざわざこの部屋を借りて絵の題材にしたらしい。近年、米国の人気推理作家パトリシア・コーンウェルが巨費を投じ、DNA鑑定や科学的調査によって「シッカート真犯人説」を主張し、話題となった。

 粗い大胆な筆致で、窓やベッド、扉を描いた無人の絵だが、背後の事情を聞くと、不気味な負のオーラを放っているような気もしてくる。

 ■幸福との落差

 「幸福」そのものとも思える歴史画もある。フレデリック・グッドール作「チャールズ1世の幸福だった日々」。船遊びをするイングランド王と家族らの姿を描く優雅な群像図だが、王はその後の内戦や清教徒革命で処刑・斬首される。歴史の無情、残酷さを知る者には、画面を包む幸福感ゆえにいっそう、本作は深い悲しみを誘う絵となる。

 幻想的な「妖精画」を手がけた英国の画家チャールズ・シムズの油彩画は4点が並ぶ。シムズは第1次世界大戦で愛する長男を失い、自らも戦争画家として戦場の悲惨さを体験。精神を病み、不眠や幻に悩まされ、やがて入水自殺した。

 歴史を語る女神クリオを描いた「クリオと子供たち」は、1913年の制作当初は、偉大な英国の歴史の継承が主題だったと考えられる。だが、14年に息子を亡くした画家は翌年、絵に加筆し、女神が手にした巻物を血の赤で染めた。巻物=歴史は血塗られたものに変じた。悲しみに沈んだ画家は母国の未来へも、自身にも希望を見いだせなくなってしまったのだろうか。

 「そして妖精たちは服を持って逃げた」など平和な印象の妖精画でも、暗い森の描写に、画家の心の影を読み取る説もある。

     ◆

 ほかにも「苦痛」や「暴力」「戦争」「死」「孤独」「貧困」「狂気」…。さまざまな恐怖を忍ばせた絵画が会場を飾る。夢魔や魔女、セイレーンなど、怪物、魔物の絵はもちろん怖いが、それ以上に本当に恐れるべきは、人間の欲望や衝動、愚かさではないか。近代絵画の名匠セザンヌの初期作「殺人」や、スペインの巨匠ゴヤの版画「戦争の惨禍」を眺めていると、そんな思いも抱かされる。

 同展は18日まで。一般1400円。同館TEL078・262・0901

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