【寄稿】書家上田桑鳩の足跡たどる展覧会 故郷・三木に名品、研究の拠点に
2022/11/01 11:35
書家・牛丸好一さん
兵庫県三木市出身で漢字・前衛書の巨匠、上田桑鳩(そうきゅう)を顕彰する展覧会が同市立堀光美術館で開かれている。桑鳩が立ち上げた「飛雲会」会長で、孫弟子に当たる書家牛丸好一さんが、桑鳩の足跡をたどり寄稿してくれた。
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兵庫県は書道雄県として知られる。その中で漢字・前衛書の巨匠に上田桑鳩がいる。桑鳩は膨大な量の作品を全国に残し、県内にも個人蔵で多数の作品がある。一方で作品が公立の美術館に収まり、誰でも見ることが出来ることを願う者も多くいた。
このたび上田桑鳩の孫の上田啓之(ひろゆき)氏(東京都東久留米市在住)が桑鳩の作品105点と愛蔵品170点や書籍などを三木市に寄贈。堀光美術館でそれらが前後期に分け、展示されている。
上田桑鳩は1899(明治32)年、美嚢郡奥吉川村(現三木市吉川町奥谷)に生まれる。20歳で上田りんと結婚、宝塚の紅葉谷に住み号を錦谷(きんこく)とする。21歳の時に日下部鳴鶴(めいかく)主宰、大同書会の雑誌「書勢」に入会し支部を作って本格的に書を志す。桑鳩の号は31歳から使った。
鄭羲下碑(ていぎかひ)、集字聖教序、十七帖(じょう)などの碑法帖(ひほうじょう)や日下部鳴鶴、中林梧竹(ごちく)、貫名菘翁(ぬきなすうおう)などの真蹟(しんせき)を収集する。中でも碑帖の収集は作品制作に大きく貢献した。
上京した桑鳩は30歳で現代書道の父と呼ばれる比田井天来(ひたいてんらい)に入門。古典を徹底的に臨書した。31歳の時、第1回泰東(たいとう)書道院展で王羲之(おうぎし)を臨書した臨黄庭経(りんこうていきょう)が文部大臣賞を受賞。1939(昭和14)年に天来が亡くなり鎌倉の建長寺に天来翁碑(てんらいおうひ)を建てる。碑文は褚遂良(ちょすいりょう)の雁塔(がんとう)聖教序の書風で書いた。ともに名品で臨黄庭経も天来翁碑銘も高校の書道教科書に掲載されている。
疎開で吉川に滞在した桑鳩は多くの作品を郷里に残し、48(昭和23)年に再び上京。日展審査員になるが、孫の姿を「品」の字に見立て、「愛(あい)」と題名にした作品が問題視され大騒動となり、日展を脱退する。その後、革新的作品をつぎつぎと発表し、海外展にも参加した。晩年は絵、陶芸などにも力を入れ、色を使った彩書を多く残す。さらに臨書論や芸術論も数多く残した。
今回の寄贈品には晩年の名品が数多くある。激しい線と空間の美しい「狼」、濃墨の「空」と淡墨の「空」、隷書(れいしょ)の「寂照」、漢字散布表現の「寒江」、「開窓青山近」。さらに前衛書の「岩」、とても毛足の長い筆、超長鋒(ちょうほう)による「天衣無縫」。絶筆の色紙「いろは」は見逃せない。彩書の「鳳(おおとり)」や「龍」、画賛の「筆」「柿図」、陶器の「茶碗(ちゃわん)」、絵の「海岸図」など幅広い。
これらの名品が三木市の至宝となり、堀光美術館が桑鳩研究の一大拠点なることを期待している。
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「上田桑鳩展」の後期展示は5~27日。堀光美術館TEL0794・82・9945