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2月に大阪市で開かれた会合。和やかな雰囲気の中、率直な意見が交わされた=大阪市天王寺区
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2月に大阪市で開かれた会合。和やかな雰囲気の中、率直な意見が交わされた=大阪市天王寺区

 東日本大震災と福島第1原発事故などで関西に避難した人と支援者が集まり、「本音」の話をできる会合が兵庫県西宮市と大阪市天王寺区で続いている。主催するのは、避難した当事者らで活動する団体「Thanks&Dream(サンクス・アンド・ドリーム、サンドリ)」。震災から11日で丸8年となる。故郷に戻れない憤りやもどかしさ、日々の疎外感。普段は「避難者」と名乗りづらいからこそ、集まりは胸の内を吐き出せる場となっている。(中川 恵)

 サンドリは東日本大震災避難者ネットワーク「避難サポートひょうご」の参加団体の一つ。情報や意見交換の場として毎月、西宮市の男女共同参画センター・ウエーブで「イングリッシュカフェ」を、大阪市天王寺区で「Cafe IMONIKAI(カフェ・イモニカイ)」を開く。

 2月下旬に大阪で会合を開いた田中里子さん(50)は、東京から大阪市内に移り住んだ。原発事故後、放射線量の高さに驚き、家族で2度転居。サンドリの存在を知り、メンバーに加わった。「余力のある人は積極的に外へ出られるが、弱っている人ほど話せない。言いたいことを言えて聞ける空間をつくり続けることが大切だと思う」と話す。

 「出身地を言うと『(東京電力の)賠償金をもらったんでしょ』と言われる。個人情報が漏れるようでつらい」と話すのは、福島県富岡町から単身で避難したパート従業員の女性(45)。自宅は居住制限区域にあり、避難所を転々とした後、宝塚市に移り、今は大阪市内で暮らす。情報やつながりが欲しいと思い、約2年前から足を運ぶ。

 避難当初は30代だった。「若さゆえの強さがあったけれど、年々大変だなと思うことが増えた。自分の状況を説明することに疲れた」という。「震災前のコミュニティーがよみがえらない限り、私のふるさとはない。ずっと借りぐらしの感覚です」と話す。

 サンドリ代表で伊丹市出身の森松明希子さん(45)=大阪市=は11歳の長男と8歳の長女の3人で母子避難し、福島県郡山市に残る夫と離れて暮らす。

 森松さんは「会合のニーズはずっとある」と言う。「避難者の数も実態も共有されず、いないことにされる」とし、「ここにいる人の声が、今の避難者の状況なのに」と力を込める。

 東京電力や国に賠償を求める関西訴訟原告団の代表も務める。「国は帰還施策を進めるが、私たちは無用な被ばくを避けるために避難している。この8年は人災だと思う」と話した。

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