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「クボタショック」の発覚から14年を迎えるのを前に、石綿被害の患者が経験を語った尼崎集会=尼崎市昭和通2
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「クボタショック」の発覚から14年を迎えるのを前に、石綿被害の患者が経験を語った尼崎集会=尼崎市昭和通2

 アスベスト(石綿)被害の救済と根絶を目指す尼崎集会が22日、兵庫県尼崎市昭和通2の同市中小企業センターであった。石綿被害を受けた患者や支援者、研究者らが、とどまることのない被害の実情や深刻な健康被害などを訴えた。(大盛周平)

 JR尼崎駅近くにあったクボタ旧神崎工場内外の被害が明らかになった「クボタショック」から29日で14年を迎える。支援団体「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」などが毎年この時期に開催し、今年は約260人が集った。

 集会では、旧神崎工場周辺に長く住んだ西方秀夫さん(68)=大阪市=と関西建設アスベスト訴訟原告団共同代表の郡家滝雄さん(69)=同、家族の会関東支部の千歳恭徳さん(68)=東京都=の石綿関連疾患の患者3人が自身を襲った被害を語った。

 西方さんは尼崎市で生まれ、約30年間、旧神崎工場の北100メートルほどの場所で暮らした。大阪市内に住んでいた2005年に「クボタショック」を知り、診察を受けたが当時は「異常なし」とされた。だが17年末に体調の異変を感じ、その後中皮腫との診断を受けた。今も息切れや手術跡の痛みと闘い、「去年1年はほとんど病院通い。再発の不安ばかりの日々」と西方さん。だが「家族の会のみなさんに勇気づけられた。希望を捨てずに笑顔で頑張ろう」と呼び掛けた。

 千歳さんは大学時代、東京の建設現場のアルバイトに従事。わずか30日程度だったが、30年以上を経た04年に中皮腫を発症して右肺を切除した経験を話した。郡家さんは建設作業で石綿を吸引した被害賠償を求める訴訟について説明し「被害の全面救済はまだ道半ば。病に負けず活動を続ける」と誓った。

 集会では、尼崎市内の長期居住者を対象にした調査や診断技術の紹介など専門的な報告もあり、“緩慢なる惨劇”と呼ばれる石綿被害への取り組みを共有した。

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