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関亥三郎さん
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関亥三郎さん
吉村平さん
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吉村平さん
前田芳信さん
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前田芳信さん
震災の犠牲者を追悼する献花=17日午前、JR芦屋駅前(撮影・斎藤雅志)
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震災の犠牲者を追悼する献花=17日午前、JR芦屋駅前(撮影・斎藤雅志)

 阪神・淡路大震災から27年となった17日、西宮震災記念碑公園で、亡き家族や友、大切な人を悼む人たちに、話を聞かせてもらった。

    *    *

 祖母を亡くした兵庫県西宮市の大野有美さん(53)

 実家は全壊し、1階で寝ていた祖母が亡くなりました。2歳だった私の長男をかわいがってくれ、よくじゃれ合っていた。その長男も29歳で、子どもができました。「おばあちゃん、かわいい家族が増えたよ」

 長女の親友、田中里佳さん=当時(9)=が犠牲になった西宮市の関亥三郎さん(74)

 うちはアパート2階、里佳ちゃん一家は1階でした。地震で全壊し、里佳ちゃんが下敷きに。同い年の長女とは毎日手をつないで登校し、いつも週末は互いの家に泊まる仲だったけど、あの日は長女が風邪でたまたま自宅にいました。私を「くるみちゃんのおじちゃん」と呼ぶ、おかっぱ頭の優しい笑顔が忘れられなくて。

 母の神田正子さん=当時(61)=を関連死で失った同県宝塚市の清水博子さん(64)

 母の年齢を過ぎた頃から「悲しんでばかりじゃだめ」と前向きになりました。健康に産み育ててくれたことに感謝です。来週、5人目の孫が生まれるの。母と一緒に喜びたかったな。

 娘の高柳のりこさん=当時(12)=を亡くした西宮市の会社員高柳公三さん(73)

 6人家族で文化住宅の1階に住んでいて、2階部分の下敷きになった。のりこだけが亡くなった。スポーツが好きで活発な子。自転車に乗る練習を近くの公園でして、手を離して走っていく後ろ姿を今でも覚えてるな。友達思いで葬式にはたくさんの友人が来てくれた。兄弟みんな結婚して孫は5人になったよ。元気でやってるよ。

 いとこ夫婦の吉村弘一さんと町子さんを亡くした西宮市の吉村平さん(81)

 弘一さんは畑仕事がとにかくうまくて、よく農産物の品評会で賞をとっていた。夫婦仲が良くて、並んで寝ているところに天井のはりが落ちてきて即死だったみたい。あれから27年。被災者は直後こそ「生きていてよかった」と元気だったけど、次第に疲弊していく様子を見てきた。だから耐震診断士の資格をとって、全国の被災地にボランティアに行っている。「残された2人の子どもを見守ってあげて」

 西宮市でめいの田中里佳さんを亡くした前田芳信さん(73)

 妹夫婦が結婚するとき、自分の勤め先のつてで購入した婚礼家具のタンスが一人娘のあの子の上にのしかかった。阪急電車の高架が崩れて病院に行けず、多くの遺体が並ぶ市民体育館に運ばれた。私も最近は体の調子も悪くて、体力もなくなってきた。それでも毎年、この日だけはと思って追悼行事に来ている。生きていれば今頃は結婚して子どももいたのかな。まだ小学生のかわいらしい姿で止まってるよ。

【特集ページ】阪神・淡路大震災

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