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右下が今年の「空色の栞」の原画。右上の男の子の絵は2011年、左上の石積みと海の絵は18年
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右下が今年の「空色の栞」の原画。右上の男の子の絵は2011年、左上の石積みと海の絵は18年

 尼崎JR脱線事故は25日で発生から17年。今年も事故の風化・再発防止を願い、負傷者とその家族が「空色の栞」を作って配っている。イラストを担う福田裕子さん(38)=兵庫県宝塚市=が今回描いたのは「道と手」。芸術大3年生の時に1両目にいて重傷を負い、後遺症に苦しむ時期を経て、昨年に長女を出産した。人と人がつながる中に進む道があるという気付きを、そっと絵に込めた。(浮田志保)

 しおりには、あの日と同じ青空の下、満開の菜の花畑を挟む土道に、うっすらと握り合う手が描かれる。

 衝突の瞬間、体を飛ばされ、後頭部に「ぐにゃり」と誰かの体のようなものを感じて意識を失った。目覚めると頭から血が流れ、救出されて肺挫傷と鎖骨骨折で21日間入院した。

 車内で重なっていた人の感触を思い出してデッサンができなくなり、人以外の絵も荒れた。助かった後ろめたさが押し寄せて眠れず、心療内科で急性ストレス障害と診断された。

 それから16年後の2021年6月、産んだ長女を見て「大変なものを産み落とした」と思ってしまった。念願の子でうれしくて仕方がないのに、簡単に壊れかねない命が怖い。この子を幸せにできるだろうか…と病院で泣いた。

 そんな中、思い出したのが大学恩師の言葉だった。

 「投げやりにならないで周りを見てごらん。人との出会いは『網』のようなものだから」

 苦しくて何もかも嫌になった時、先生に言われたのを覚えている。当時はよく分からなかったが、今になって「確かにそうだ」と思える自分がいた。

 事故後に再び電車に乗った時、友人は黙って手を握ってくれた。普段と変わらない態度で見守ってくれた。負傷者の集いに参加すると、気兼ねなく事故のことを話せる仲間ができて心が救われた。

 「糸と糸を紡ぐみたいな、網の目の中で私は生きている」。だから出会いを大切にできるように、長女は糸偏で「絢」と名付けた。

 「あの日、突然にわが子と『おかえり、ただいま』を交わせなくなった人はどんなにつらいだろう」。今、改めて強くそう思う。

 しおりの絵は11年から毎年手掛け、遺族や負傷者たちを思ってイメージする。「それぞれが進んでいる道はさまざま。手に取った人が、自由に感じてもらえたら」と話す。

【特集】尼崎JR脱線事故

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