【沖縄】ウチナーンチュの記憶 兵庫のリトル沖縄「尼崎・戸ノ内地区」

2022/07/16 05:25

沖縄料理店「より道」の外観と店内に飾られる三線など。(左)(下)は常連客と話す末安喜代子さん(右)=尼崎市戸ノ内町6

 沖縄県が本土復帰してから5月15日で50年を迎えました。 関連ニュース 戦時の体験描く絵本、ネット寄付で復刻 故義積喜美子さんの「おばあちゃんの太平洋戦争」 米で日本降伏調印80年式典 戦艦ミズーリ係留、真珠湾の埠頭 「月桃の花」歌舞団、ミュージカルで生への希望描く 9月14日に西宮で上演

 沖縄と兵庫のつながりをさかのぼれば、神戸市須磨区出身で、太平洋戦争末期の沖縄県官選知事・島田叡(あきら)が有名ですが、それ以前の昭和初期(1930年代)ごろから、沖縄の人たちは出稼ぎのために尼崎市や神戸市などに住むようになりました。
 沖縄県が本土復帰した1972年、沖縄と兵庫は「友愛協定」を締結しました。1975年には兵庫県民の募金で那覇市に「友愛スポーツセンター」(現在は閉鎖)が建設されるなど、長年交流が続けられています。
 現在も2世、3世が多く在住し、沖縄県人会兵庫県支部(尼崎市)は、全国屈指の沖縄県人会として知られます。
 兵庫の“リトル沖縄”と呼んでも過言ではない尼崎市の「戸ノ内地区」を舞台に、その歴史と今を紹介します。
 投稿サイト「note(ノート)」で展開中の神戸新聞公式「うっとこ兵庫」からお伝えします。

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■記事はこちらから(https://kobedx.kobe-np.co.jp/n/n0317b8d5f89d)

■沖縄に伝わる旧盆に合わせ、エイサーを踊りながら地域を巡る「道ジュネー」の動画はこちらから(https://youtu.be/btYRBnaL93E)

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