「ハンセン病は私たち社会の問題」隔離政策、患者の苦しみ訴え 国立療養所名誉園長が講演 尼崎

2022/09/06 05:30

ハンセン病患者を療養所まで送る通称「お召列車」などの写真を示して隔離政策の問題を語る畑野研太郎・邑久光明園名誉園長=園田東生涯学習プラザ

 ハンセン病の問題について知り、学ぶきっかけにしてもらおうと、専門医で国立療養所「邑久(おく)光明園」(岡山県瀬戸内市)名誉園長の畑野研太郎さん(74)=兵庫県尼崎市=による講演会が5日、尼崎市食満5の園田東生涯学習プラザで開かれた。市民ら約40人が参加し、明治後期からの厳しい隔離政策の歴史や、今なお患者や家族たちが背負い続けている苦しみに聞き入った。(広畑千春) 関連ニュース ハンセン病診療所で開所式 アフガン、中村医師の原点 【独自】「虹波」、百日ぜき患者投与か 旧陸軍開発、医学誌に記録 菊池事件、来年1月に再審か決定 弁護団「違憲の裁判正すべきだ」


 畑野さんはバングラデシュなどで治療に当たったほか、1994年から20年間、邑久光明園に勤務し、園長も務めた。
 冒頭、「ハンセン病問題は病気そのものではなく、それを取り巻く私たち社会の問題」と切り出した。「発症のピークは10代前半と30代前半」といい、写真を見せ「小さな子どもが強制的に家族と引き離され、一家で夜逃げしたスラムにも警察が踏み込んだ。一家心中もあった」と強制収容の状況を説明した。
 治療ではなく、隔離そのものが目的だったため、園内では子どもも労働を担い、監房や火葬場も作られた。逃亡は許されず、根強い偏見のため、患者の約半数が「家族と縁を切った」と回答した調査もあった。
 「ハンセン病患者は病気という理由で終身刑を受け、家族やコミュニティー、自分の可能性や子孫との縁を絶ちきられてしまった」
 本来は感染力も弱く、治療法の発見自体はペニシリンなどと変わらなかったにもかかわらず「隔離下で治療されたため、治療可能な病気だと社会に認知されるのが遅れた」とも。一方で、治っても後遺症の神経障害は進むため「今も患者たちは苦しみ続けている」といい「怖いのは無関心。想像力を働かせ、現実から目をそらさないで」と訴えた。
 今回はハンセン病患者をテーマにした漫画「麦ばあの島」の作者古林海月(かいげつ)さんによる昨年12月の講演会に続く取り組み。企画に携わった「ハンセン病問題を考える尼崎市民の会」の山本育子代表は「未知のウイルスへの恐怖からくる偏見や差別は、新型コロナも同じ。今こそハンセン病問題を問い直すべき」と話した。尼崎市で空手道場を経営する男性(49)は「今まで知ったふりをしていた。子どもたちに伝えるためにも勉強したい」と語った。
 同プラザでは、9月30日まで「麦ばあの島」をテーマにしたパネル展を開催。患者の体験を基にしたアニメのDVD(15分)も放映する。午前9時~午後9時(水曜のみ午後5時半まで)、無料。同プラザTEL06・6491・2361

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