姫路

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弥生時代後期に集落西側に掘られた溝=姫路市網干区和久
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弥生時代後期に集落西側に掘られた溝=姫路市網干区和久
溝の底から見つかった甕の破片(復元済み)=姫路市網干区和久
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溝の底から見つかった甕の破片(復元済み)=姫路市網干区和久

 姫路市埋蔵文化財センターは、兵庫県姫路市網干区和久の和久遺跡から、弥生時代後期(3世紀後半)に造られた、集落と外部を区切る溝が見つかったと発表した。同遺跡から人工的な境界線が見つかったのは初めて。定住するに伴い、「集落内で縄張り意識が表れたことを示している」(山下大輝学芸員)という。あわせて古墳時代初頭(3世紀末)に造られた集落内部を仕切る柵も見つかった。25日午後1時半から現地説明会がある。

 和久遺跡は弥生時代前期(1世紀)~室町時代(15世紀)ごろまで人々が集落を形成した。2001年、現在のツカザキ病院本館の場所で発掘調査が始まっており、これまでに古墳時代初期に造られた62棟の竪穴住居跡も見つかっており、集落が最も栄えた時期とされる。

 10回目の発掘調査となる今回は同病院の北館増築に合わせ、本館北側の土地1270平方メートルを掘り起こした。

 今回発見された弥生時代後期の溝は集落の西側に掘られた二筋。幅1~1・5メートル、深さ60~70センチ。溝の底から煮炊きに使われた甕など土器の破片が見つかった。外には湿地帯が広がっていたという。

 また古墳時代初頭の柵は、先の溝が埋まった数十年後、集落内を東西に約13・5メートルに渡って区切っていたといい、現地では約30センチの浅い溝に杭を突き刺した丸い穴が点々と空いている。

 北東1・8キロには播磨最古の前方後円墳である瓢塚古墳(古墳時代初期)があることから「和久の集落から瓢塚古墳に埋葬されたリーダーが生まれた可能性もある」(山下学芸員)。集落内に権力者が暮らした大きな建物跡がないか、今後も調査を続ける。

 現地説明会は無料で小雨決行。同センターTEL079・252・3950

(伊藤大介)

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