姫路

  • 印刷
「懐かしい」と声を上げながらパネルに見入る上原壬生さん、建二郎さん夫妻=姫路市山野井町
拡大
「懐かしい」と声を上げながらパネルに見入る上原壬生さん、建二郎さん夫妻=姫路市山野井町
23歳の大塚徹さん。柔らかな感性に満ちていた=1931年、姫路市内(市文学館提供)
拡大
23歳の大塚徹さん。柔らかな感性に満ちていた=1931年、姫路市内(市文学館提供)

 兵庫県姫路市野里生まれの詩人・大塚徹(1908~76年)の生涯をたどるパネル展が、同市山野井町の姫路文学館で開かれている。若くして不慮の事故に遭い、後遺症に苦しみながらも数多くの叙情的な詩を遺した。生誕110年を記念した同館では初の展示。16枚のパネルや詩集が並び郷土を愛した朗らかな人柄を知ることができる。入場無料。2月28日まで。

 同市堺町の質屋の三男として生まれ、旧制姫路中在学中の15歳のとき、水泳の飛び込みで頸椎と脊椎を損傷。海軍士官学校に進む夢が絶たれ、失意の中で詩に出会った。

 投稿誌「現代文芸」や「愛誦」などに作品投稿を開始すると頭角を現し、1929年に同誌で「北海の蟹」が初の特選に選ばれた。初期の代表作の一節は播磨国総社(同市総社本町)の詩碑に刻まれている。

陽に興じては

花粉のごとくに風に流れ

たそがれにおどろきては

鳥のごとく巣にかえる

あわれ友よ

今日もまた旅をゆくか

 毎号新作を発表し、「現代文学」では読者投票で1位を獲得。一方でプロレタリア文学に傾倒し、特高警察に検挙された。竹廣裕子学芸員は「文芸活動を通じて知り合った友人への同情が根底にあったのでは」と推測する。

 家には文学青年らが集まった。若き日の桂米朝さんの姿もあり、詩集出版の資金を募った際、金ではなく「清酒一升」を収めた記録が奉加帳に残る。

 1945年の姫路空襲の際、町は焦土となったが、姫路城は焼けずに残った。

思いおこす ふた昔-

かの暁の空襲を 劫火の街を

その時 わたしは見た

一望灰燼の 天に

まさしく翔びあがった 不死鳥の城を。

 展示は出身の野里で顕彰の動きが盛り上がり始めたことがきっかけという。城などをテーマにしたご当地ソングや四郷小、東光中など多くの校歌も作詞した。「写真の中の徹さんはどれも朗らかに笑っている。温かい人柄を感じてほしい」(竹廣さん)という。

■長女・上原壬生さんも来場「面白い人生を生きた父」

 会場には長女上原壬生さん(76)と夫建二郎さんの姿があった。壬生さんは徹が34歳のときの子。「文化人だけでなく右翼や左翼、いろんな人が集まり、飲めや騒げや。家族だけで夕飯を食べた記憶がほとんどない」。プロレタリア文学に傾倒していたことで戦前に徹を検挙した特高警察までが戦後は訪れたという。

 「遊びにきた人は最初のうち父を『先生』と呼び、次に『大塚さん』か『徹さん』、最後は『おい、お前』に。とにかく面白い人生を生きた父でした」。(伊田雄馬)

姫路の最新
もっと見る

天気(12月15日)

  • 9℃
  • ---℃
  • 0%

  • 8℃
  • ---℃
  • 20%

  • 10℃
  • ---℃
  • 0%

  • 9℃
  • ---℃
  • 10%

お知らせ