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「学芸員として東山焼を見てきた25年間の集大成です」と話す山本和人さん=姫路市本町、日本城郭研究センター
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「学芸員として東山焼を見てきた25年間の集大成です」と話す山本和人さん=姫路市本町、日本城郭研究センター

 江戸後期に姫路の藩窯として栄えた「東山焼」。兵庫県姫路市書写の里・美術工芸館(同市書写)の学芸員を25年間務め、今春退職した山本和人さん(60)が、その魅力を知る手引書「姫路のやきもの 東山焼と永世舎」を出版した。代表作を写真で紹介すると共に、歴史的背景などを解説。謎多き郷土の焼き物について、新たな研究を進める一書となっている。

 東山焼は1822(文政5)年、現在の同市東山の興禅寺山山麓で始まった。31(天保2)年頃には姫路城西の男山へ窯が移されたが、いずれの窯跡も発掘調査されておらず、藩の文書なども残っていない。研究書も、満岡忠成著「姫路藩窯東山焼」(1975年)のみで、長く研究の手掛かりすらなかったという。

 「姫路のやきもの」では東山焼に加え、明治期に設立された「永世舎」の磁器など計98点をカラー写真で紹介。東山焼には花瓶や香炉、茶器が多いのに対し、永世舎のものは皿やポット、カップが目立つ。意匠も東山焼は上品な染付や青磁だが、永世舎になると赤絵や金彩など華やかに。これまで両者は混同されがちだったが、並べてみると違いが際立つ。

 その相違について山本さんは「東山焼は姫路酒井家に徳川の姫が嫁いでくる際、将軍家や関係他藩への贈答品として、京都から名工を招いて作られたのが始まり。一方の永世舎は、明治になり職を失った武士の授産施設で、欧米への輸出を目指していた。方向性が全く違うから、作品もおのずと異なる」と説明する。

 従来は不明だった永世舎の稼働期間も1877~88年だったと究明。賃金や就業規則を記した創業者松村辰昌の書簡など、貴重な資料も巻末に載せた。また、これまで製造元が全く分からなかった「白鷺製」と銘の入った同時代の焼き物についても、松村の書簡などから、姫路監獄所で作られた可能性を示している。

 山本さんは「松村が大蔵官僚だったためか、地元姫路になかった資料が、大隈重信や岩倉具視ら政治の中枢にいた人物の周辺から出てきた。今後の研究に役立つよう、一般に閲覧できない資料をなるべく多く掲載した。美しい姫路の焼き物への理解や興味が広がれば」と願う。

 海風社刊、2160円。(平松正子)

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