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講演を終え、放送部員と意見を交わすたかとう匡子さん(右端)=姫路市延末
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講演を終え、放送部員と意見を交わすたかとう匡子さん(右端)=姫路市延末

 74年前、市街地を焼き尽くした姫路空襲の日を前に、絵本「よしこがもえた」の作者で詩人のたかとう匡子さん(80)=神戸市須磨区=が2日、山陽中学校(兵庫県姫路市延末)で講演した。同校では昨夏も放送部がこの本を朗読するなど、たかとうさんと交流してきた。全校生895人は幼い妹が目の前で息絶えた体験談に耳を傾け、戦争の残酷さを胸に刻んでいた。(平松正子)

 1945年7月3日夜から翌朝にかけて、1万戸以上を焼き、173人が犠牲となった姫路空襲。当時6歳だったたかとうさんも、3歳の妹仁子ちゃんの手を握って逃げた。自身は助かったが、仁子ちゃんは大やけどを負って他界。たかとうさんは87年に詩集、2012年には絵本の形で体験を出版した。

 講演に先立ち、放送部の3年生3人が詩「ヨシコ」を朗読。〈オテテ キレイニ チテ/ヨシコの唇はたどたどしく動いて/そのまま/息絶えてしまった〉…。仁子ちゃんの最期を伝える場面では、目頭を押さえる生徒もいた。

 たかとうさんは詩を書いた理由について「私自身が結婚や子育てを経験して、学校にも行けずに亡くなった妹の無念と、子を亡くす母の悲しみが胸に迫った。書かずにいられなかった」と説明。「戦争は一番底辺にいる弱い者にしわ寄せが来る。絶対に起こしちゃいけない」と力を込めた。

 そのためには「追体験」が大切だとし、「私たち原体験者はもうすぐいなくなる。本を読み、話で聞いたことを追体験として、今後の生き方に役立ててください」と呼び掛けた。

 詩を朗読した女子生徒(14)は「私にも妹がいるので、同じ状況になったらどう行動すべきか、考えさせられた。貴重な機会を無駄にせず、ずっと伝えていくことが私たちの使命」と誓った。

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