姫路

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体育館で中学時代を振り返る栗原恵さん=大津中学校(撮影・小林良多)
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体育館で中学時代を振り返る栗原恵さん=大津中学校(撮影・小林良多)
中学時代を振り返る栗原恵さん=大津中学校(撮影・小林良多)
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中学時代を振り返る栗原恵さん=大津中学校(撮影・小林良多)
中学時代を振り返る栗原恵さん=大津中学校(撮影・小林良多)
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中学時代を振り返る栗原恵さん=大津中学校(撮影・小林良多)

 バレーボール女子の2004年アテネ、08年北京両五輪代表で、昨年6月に現役を引退した栗原恵さん(35)が、出身校の大津中学校(兵庫県姫路市大津区長松)で神戸新聞の取材に応じた。生まれ育った広島県から「バレー留学」で姫路へ。練習に打ち込み、めきめき力を付け、その後の飛躍の「ターニングポイント」になったという。「プリンセス・メグ」の愛称で親しまれた名アタッカーに当時の思い出や今後について話を聞いた。(春元 唯)

 広島県能美町(現江田島市)出身。素質を見込まれ、中学2年の6月に初めて親元を離れ、当時全国大会の常連校だった大津中にやってきた。

 指導者の山本一彦先生から「一度練習を見に来てほしい」と言われ、うかがうと衝撃を受けた。こんな上手な選手たちと練習したら、自分も成長できるんじゃないかと。

 広島で通っていた能美島の中学校は少人数。大津中は人数がとても多くてやっていけるか心配でした。もちろん1人暮らしに対しても。毎日家族会議して不安で泣くことしかできなかった。母から「行っても行かなくても後悔するだろうからどっちの後悔がいいのか考えなさい」と。やらない後悔よりチャレンジしてみようと思いました。

 大津中での練習は厳しく、怒られてばかりの日々。帰宅すればくたくたで疲れて寝てしまうことも多かった。高校生相手に練習試合もあり、この時期に実力が付いたという。

 とにかく厳しくていっぱい泣きました。笑顔を忘れていた時もあった。でも「島を出る」と決めたときに中途半端にはしないと決めていました。両親からの「いつでも帰っておいで」という言葉にも「絶対帰らない」と思っていた。

 どんな小さな試合でも見に来てくれた両親から「来る度に成長が見られた」と後から聞いて、当時自分で感じていた以上にはグッと伸びていたのかなと思います。

 母校の大津中は北京五輪後に姫路市を表敬訪問して以来、約12年ぶりだ。体育館には「為せば成る この一球」と書かれた横断幕や校訓が掲げられている。栗原さんは「あ、あれ覚えてる!」と顔を輝かせる。

 小学4年生からバレーを始めて、本格的に取り組んだのは姫路に来てからです。選手としての基盤作りはここで培われました。姫路は今の自分があるきっかけになった第二の故郷です。とても感謝してます。

 全力で一生懸命にやれば自信につながる。ここではうれしいよりも苦しいと思う方が多かったけど、そのつらさを超えるくらいのものが得られたし、コートにいるときが自分を一番表現できた。後輩たちにも継続することの大切さ、バレーが好きという気持ちを持ち続けてほしいな。

 昨年引退してからは、試合でリポートや解説をしています。選手の思いや普段の頑張りを、言葉を通して伝えることにやりがいがある。選手に一番近い目線という強みを最大限生かしていきたいです。

【くりはら・めぐみ】1984年生まれ。身長187センチ。山口・三田尻女高(現誠英高)在学中から日本代表で活躍し、NECなどを経て引退前までJT(練習拠点・西宮市)に所属。「ひめじ観光大使」も務めた。

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