姫路

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実物の焼夷弾を見る生徒ら=山陽中学校
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実物の焼夷弾を見る生徒ら=山陽中学校
平和学習に向けたインタビューで自身の空襲体験を語る黒田権大さん=山陽中学校
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平和学習に向けたインタビューで自身の空襲体験を語る黒田権大さん=山陽中学校

 姫路空襲から75年となるのに合わせ、兵庫県姫路市延末の市立山陽中学校で、空襲の悲惨さや命の大切さを学ぶ授業があった。姫路空襲の語り部活動を続ける黒田権大さん(91)=同市=が自身の体験を基に「戦争は人間最大の罪悪」と語り、生徒に向けて平和の尊さを訴えた。(山本 晃)

 姫路市中心部が米軍の空襲に見舞われたのは、1945年6月22日と、7月3日深夜~4日未明にかけての2度。一帯は焦土と化し、計514人が命を奪われた。山陽中の周辺も大きな被害を受けたことから、毎年放送部の3年生が中心となり、体験談を聞いたり、空襲を題材にした絵本を朗読したりと平和学習に取り組んでいる。

 今年は校区内に住む黒田さんを講師に招き、体育館でのパネルディスカッションを予定していたが、新型コロナウイルス対策のため、放送部の3年生12人が事前に収録したインタビュー映像を流す形式に。質問は15項目。「なぜ姫路が空襲の標的に?」「戦争中、一番つらかったことは?」。インタビュアー役の生徒の問い掛けに、黒田さんが一つ一つ答えた。

 収録したビデオは翌7月1日の4時間目、1~3年生の全教室で一斉に視聴した。空襲当時、16歳だった黒田さん。「姫路駅の方が真っ赤に燃えていたので、走って逃げた」「焼夷(しょうい)弾がいくつも『シュッ、シュッ』と音を立て、目の前の水田に突き刺さった」-。生徒たちは絞り出される生の言葉に耳を傾け、75年前の惨禍を追体験した。

 ビデオの最後で黒田さんは「体験談や資料などから戦争の実態を学び、世界平和の実現を目指す原動力に」と締めくくり、次代を担う中学生に改めて平和への思いを伝えた。

 インタビュアーを務めた中谷真大(まひろ)さん(14)は「黒田さんは当時のつらい経験まで話してくれた。その体験や思いを自分たちの世代が代弁していきたい」。放送部の森田汐音(しおん)部長(14)は「焼夷弾の話がリアルで、当時の大変な状況が伝わってきた。『戦争をしてはいけない』という根拠を自分なりに持つことができた」と話していた。

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