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戦後75年の節目に、姫路へ帰ってきた日章旗を見詰める岡本明さん(左)と四男の崇宏さん=姫路市本町
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戦後75年の節目に、姫路へ帰ってきた日章旗を見詰める岡本明さん(左)と四男の崇宏さん=姫路市本町

 太平洋戦争の激戦地フィリピンで1944年秋に戦死した兵庫県姫路市出身の岡本朝夫さんが、出征時に贈られたとみられる日章旗が75年以上の時を経て遺族の元に届けられた。米軍が戦利品として持ち帰ったが、日本兵の遺品の返還を進める米国の団体が仲介して帰郷が実現した。おいの岡本明さん(64)=同市=は「多くの人の思いやりと努力で遺品が戻ってきてありがたい」と喜ぶ。(田中宏樹)

 朝夫さんは同市山野井町で育ち、海軍の1等機関兵曹だった44年10月25日に26歳で亡くなったとされる。明さんは「その日にフィリピン沖で沈没した空母『瑞鶴(ずいかく)』の乗組員だったそうだ」と話すが、最期の詳しい状況は分からないという。

 戦時中、出征する人には友人や身近な人が寄せ書きした日章旗が贈られた。受け取った兵士はその旗を丁寧に折り畳んで身に着け、戦地へ向かったとされる。

 返還された日章旗は右上に「贈岡本朝夫君」と記され、約30人の名前が連なる。無事を祈る「武運長久」や当時の世相を映す「連戦連勝」「無敵皇軍」といった言葉も並ぶ。米軍の陸軍隊員が戦地から持ち帰ったとされるが、保管状況などの詳細は不明という。

 米オレゴン州で活動する団体「OBONソサエティ」から日本遺族会に照会があり、県遺族会姫路支部が調査。姫路護国神社(同市本町)に残る記録などから明さんにたどり着いた。

 明さんの父四一(よいち)さんは8人きょうだいの末っ子で、10歳ほど上の朝夫さんもよく面倒を見ていたという。その四一さんは十数年前に死去。明さんはあらためて日章旗に目をやり、「生きている間に見せてあげたかったなあ」とつぶやいた。

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