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現在もタブレット端末に当時の写真を残している飾磨署の森脇康彦警備課長=姫路市飾磨区中島
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現在もタブレット端末に当時の写真を残している飾磨署の森脇康彦警備課長=姫路市飾磨区中島
石巻市に2年間派遣され、新しい住宅地のインフラ整備に携わった新昌彦さん=姫路市役所
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石巻市に2年間派遣され、新しい住宅地のインフラ整備に携わった新昌彦さん=姫路市役所

 東北に甚大な被害をもたらした東日本大震災は、発生から10年が過ぎた。宮城や福島に派遣され、遺体の捜索や被災者の生活再建に関わった兵庫県姫路市内の警察官や市職員は、復興途上の被災地に思いをはせる。(安藤真子、田中宏樹)

■石巻で行方不明者ら捜索 飾磨署員・森脇康彦さん

 「町は今どんな様子なのだろう。一度訪れてみたいね」。兵庫県警飾磨署の森脇康彦警備課長(56)が手元のタブレット端末に目をやった。画面に表示されていたのは、宮城県石巻市雄勝町(おがつちょう)の写真。津波にさらわれた漁師町は変わり果て、一面にがれきが散乱していた。

 10年前は兵庫県警の機動隊員だった。震災発生の約10日後に同町へ派遣され、行方不明者の捜索と遺体の収容に携わった。

 忘れられない光景がある。「おばあちゃん、助けたるからな」。隊員の一人が大きな声を出し、屋根の梁(はり)にしがみつく高齢女性のそばへ駆け寄った。だが、既に息はなかった。かっぽう着姿の女性を毛布でくるみ、隊員らとそっと手を合わせた。

 「最初は生きとるんかと思ったんよ。寝とるんかなと思うぐらい優しい顔やったな」。当時を思い出すと目に涙がにじむ。

 約2カ月後には、福島県南相馬市でも行方不明者を捜した。同市の中心部は東京電力福島第1原発から20~30キロ圏内。防護服に身を包んで活動に当たった。

 阪神・淡路大震災では、大規模な地滑りで住民らが犠牲となった兵庫県西宮市の仁川百合野町地区で救出活動に加わった。「全国から支援を受けた1・17の恩返しを」。そんな気持ちで東北に向かい、全力を尽くした森脇さんだったが「もっと時間があったら」との思いは消えていない。「もしかしたら、あそこにいるかもしれない-と思う場所まで捜しきれなかった」と振り返る。

 宮城、福島では計30日間ほど活動したが、住民らの生活の立て直しには携われなかった。「大規模な自然災害が起きれば、警察や自衛隊の応援が終わった後も助けが必要な人はいる。そんな被災者を支える取り組みをしたい」。4年後には定年退職を迎える。その先の自身の姿を、今から思い描いている。

■新市街地の整備担当 市職員・新昌彦さん

 姫路市阿保地区整備課の新(にい)昌彦さん(46)は2015、16年度に石巻市へ派遣され、自宅を失った被災者らが移住する新市街地の整備を担った。「新しい生活の場をつくり、少しだけ復興に向けたお手伝いができたかな」と話す。

 15年度は内陸にある広さ約5・6ヘクタールの地区を担当。着任から半年で道路や上下水道などのインフラを一気に整え、秋の現地説明会に間に合わせた。「とにかく時間がなかった。でも、被災者に家を建てられる時期を示したかった」と振り返る。

 工事中は大型車両が行き交う音が響き、風が強い日には砂煙も舞った。それでも、近隣からの苦情は少なく感じた。「復興事業に協力してくれる姿勢がありがたかった」と話す。

 姫路に戻ってからも、年に2~3回は石巻へ足を運んだ。担当した地区には公営住宅や一戸建て住宅が並び、公園で遊ぶ子どもたちや遊歩道を散歩する住民の姿を見てきた。

 「震災前まで知らなかった人たちが集まった街。新しくできた近所の人同士がつながりを築き、明るく過ごしていてほしい」

 新型コロナウイルス禍が収束すれば、現地を訪れようと考えている。

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