姫路

  • 印刷
山田風太郎が残した膨大な資料や原稿からよりすぐった約260点を展示する=姫路文学館
拡大
山田風太郎が残した膨大な資料や原稿からよりすぐった約260点を展示する=姫路文学館
東京・桜ケ丘の自宅に構えた書斎の再現。机や椅子、文房具など、全て実物だ=姫路文学館
拡大
東京・桜ケ丘の自宅に構えた書斎の再現。机や椅子、文房具など、全て実物だ=姫路文学館
小さな字できちょうめんに記されたアイデアなどのメモ=姫路文学館
拡大
小さな字できちょうめんに記されたアイデアなどのメモ=姫路文学館

 伝奇小説「忍法帖」シリーズで昭和の世に忍者ブームを巻き起こした兵庫県養父市出身の作家、山田風太郎(1922~2001年)。その生誕100年を記念した特別展(神戸新聞社など後援)が、同県姫路市山野井町の姫路文学館で始まった。戦後を駆け抜けた人気作家の足跡を、本人が残した膨大な資料などを基に紹介。戦争への思いや死生観にも焦点を当て、開催地・姫路との縁にも触れる。(上杉順子)

 没後初の大規模展。時系列に沿った3部構成で、若いころにアイデアを書きためた「小説腹案集」をはじめ、日記、書簡、愛蔵品など約260点が並ぶ。

 養父・関宮の医師の家系に生まれた山田誠也(せいや)は幸福な幼少期を送るが、10代半ばまでに相次いで両親を亡くす。むなしさを埋めるかのように、旧制豊岡中学時代から文学や映画に傾倒。小説や詩のほか、画才があったことから挿絵も旺盛に発表し、18歳で初めてペンネーム「山田風太郎」を使用する。

 作品が掲載された校友誌や友人の教科書への落書きからは、病弱だが剣道が得意で文章や絵も達者、さらに社交的と、当時からの多才ぶりがうかがえる。

 留年や医学部受験浪人を重ね、20歳の時に家出同然で上京。軍需工場で働きながら図書館に通い、旧友に手紙で「腹案」を披露した。1944年3月、召集されて姫路を訪れるが、肺を患っており、即日東京に戻される。同級生が戦死していく中、従軍しなかった自分を「傍観者」と称し、当事者たり得なかった者として、なぜ日本は戦争をするに至ったか、なぜ負けたのかなどを生涯にわたり繰り返し考察した。

 後年、終戦の年の1年間を記した「戦中派不戦日記」のあとがきで「人は変わらない。そして、おそらく人間の引き起こすことも。」と書いている。担当学芸員の市太(いちだ)佐知さんは「戦争への考察は、今の時期だからこそ胸に迫るものがある」と話す。

 戦後、医学生時代に探偵小説でデビュー。流行作家の階段を駆け上がり、卒業して作家専業となる。発想力、徹底した取材に裏打ちされた緻密な構成を武器に、ミステリーから伝奇、時代小説、実録物、エッセーまで幅広く手掛けた。

 市太さんは風太郎の小説について「同時代の著名人を巧みに交錯させ、読者に『あり得たかもしれない』と思わせる。話の膨らませ方が本当に面白い」と解説する。130編以上が記された腹案集からは、作家がどのように虚実を織り上げていったのか、その過程が見て取れる。

 6月5日まで。午前10時~午後5時。月曜休み(5月2日は開館)。一般700円。姫路文学館TEL079・293・8228

姫路
姫路の最新
もっと見る
 

天気(7月5日)

  • 29℃
  • ---℃
  • 70%

  • 32℃
  • ---℃
  • 50%

  • 29℃
  • ---℃
  • 70%

  • 30℃
  • ---℃
  • 70%

お知らせ