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「発酵を軸にしたビジネス展開をする酒造メーカーは珍しい」と話し、バイオ分野など多角化を目指す長谷川雄介社長(右)=姫路市林田町六九谷(撮影・大山伸一郎)
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「発酵を軸にしたビジネス展開をする酒造メーカーは珍しい」と話し、バイオ分野など多角化を目指す長谷川雄介社長(右)=姫路市林田町六九谷(撮影・大山伸一郎)
酒造りの合理化のために導入された蒸米を運ぶベルトコンベヤー(ヤヱガキ酒造提供)
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酒造りの合理化のために導入された蒸米を運ぶベルトコンベヤー(ヤヱガキ酒造提供)

 約7900の会員企業を抱える兵庫県の姫路商工会議所が7月に創立100年を迎える。第1次大戦で国際秩序が変わり、長引く不況や大正デモクラシーなど日本の社会経済が大きく変動した1922(大正11)年に開設された。戦後、焼け野原となった街中を復興させ、南部の工業都市化を推し進めた。姫路駅前再整備を経て、持続可能な開発目標(SDGs)へと姫路の針路を示す。姫路商議所の創立よりもはるかに古い江戸期に創業し、会員企業として商いを続ける7社の歩みをたどる。

 山あいの田園地帯を緩やかに清流林田川が流れる。ヤヱガキ酒造は姫路市林田町で創業356年を迎えた今も、伏流水と山田錦にこだわった日本酒造りを続ける。「青乃無(あおのむ)」は売れ筋に育ち、創業者の名を冠した最高級の「長谷川栄雅(えいが)」などブランド力に磨きをかけてきた。

 日本酒を造る木造の酒蔵の隣に、天然着色料など最先端のバイオテクノロジーを扱うヤヱガキ発酵技研の研究所がそびえ立つ。幅広い食品に使われている天然の紅こうじ色素は国内シェアトップなど、グループでは今やバイオ部門の売り上げが酒造部門を上回る。

 「日本酒の企業イメージが強いですが、バイオの企業です」と15代目の長谷川雄介社長(44)は胸を張る。新型コロナ禍で打撃を受ける日本酒の伝統を守りつつ、バイオ分野での盛り返しを狙う。

 創業は江戸期の1666(寛文6)年。姫路と鳥取をつないだ因幡街道沿いの林田藩で、藤原鎌足の子孫とされる長谷川栄雅が酒屋と材木屋を起こした。富国強兵の明治期、造り酒屋が重税に苦しむ中で新銘柄「八重墻(やえがき)」を売り出し、逆境をはねのけた。

 戦中の経済統制で生産量がピークの9分の1まで落ち込んだ終戦直後、13代目の勘三が入社した。大阪帝国大(現・大阪大)醸造科の研究助手から家業に戻り、豊富なアイデアで事業の効率化と多角化を同時に推進し、中興の祖とされる。

 戦後復興で日本酒の需要が回復する中、製造工程の機械化にかじを切り、自動こうじ製造機や蒸し米冷却機を開発した。業界では高度経済成長期、低価格米を使った大量生産が中心となり、純米酒を三倍ほどに増量した低品質の「三増酒」が出回った。勘三はその時、「量より質」への転換を決意する。社史には「酒を飲めなかった勘三が酒の味を知り、気付いた」とある。品質重視を推し進め、木の箱にこうじを盛る伝統の「蓋麹(ふたこうじ)法」を復活させた。

 多角化の核となったのは、日本酒の醸造に欠かせない発酵技術である。食品会社と共同でハムやソーセージを着色する紅こうじ色素の研究を始め、1971年には事業部を設置し、同技術を応用した天然色素の製造にも注力。86年には総合研究所を設立した。87年には現会長の雄三さん(74)が日本食ブームの米カリフォルニア州に進出し清酒生産を始めた。

 雄介社長は2016年に就任した。創業者の名を冠した高級和食店を東京・六本木に開く一方、新会社「インテグラムヘルスデザイン」(東京)を設立してヘルスケア分野の開拓を狙う。「コロナ禍で健康の価値が見直される中、発酵を手がかりに新しい挑戦をしたい」。老舗の看板には甘んじない。(井上 駿)

【メモ】グループは酒造部門、バイオ部門、米国法人、人事労務、へルスケアの5社体制で従業員は計約200人。清酒の売れ筋はフルーティーで香り豊かな飲み口の「純米大吟醸 青乃無(あおのむ)」で、あのタイガー・ウッズも愛飲していたという。

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