姫路

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 2020年春。新型コロナウイルス感染拡大の影響で中断、終了した女子バスケットボール「Wリーグ」で、デンソーアイリスに所属していた田村未来はひっそりと現役生活を終えた。兵庫県姫路市の小さな体育館から始まった、1人の選手の物語を今、伝えたい。(大山伸一郎)

「未来はいい選手になる」、父からの魔法の言葉

 負けず嫌いが服を着たような女の子だった。7歳でバスケットボールを始め、男子に負けて大泣きした。友と出会い、ライバルと競い、25歳までの競技人生は、仲間の支えなしに続くことはなかった。そして「未来は絶対にいい選手になる」と励まされ続けた父からの言葉。それは、心の炎を燃やし続ける魔法の言葉だった。

 姫路市立城西小2年の春、4歳上の兄に続いて入った「姫路ミニ」の練習は、厳しかった。ただ練習が終われば子ども同士、たわいのない話で盛り上がる。ピアノや水泳など他の習い事も好きだったが、チームで支え合い、かつ競い合うこのスポーツには不思議な魅力があった。5、6年生時に2度果たした県と近畿での優勝。気を許せる仲間がいなければ、苦しい練習も厳しい試合も乗り越えられなかった。

 中学は親元を離れ強豪校に進む選択肢もあったが、母の「早くからそんなに頑張らなくても」との助言には素直に納得できた。市立琴陵中進学と同時に、同校へ赴任した森川寛司監督(現香寺中校長)の指導が始まった。

 中学から始めた同級生がうまくなる過程がはっきり見えた。「バスケ以外をちゃんとやろう」と教えられ、1人で50点取ろうとも戦う姿勢を出し切れたかを問われた。チームと向き合うこと。それが最優先の教えだった。

 ただ、最高成績は県4強。県選抜チーム入りはしたものの、全国の強豪から勧誘されるほどの選手ではないという現実は、進路に揺れる15歳の心にも理解できていた。

原動力は自分自身の証明、姫路離れ強豪校へ

 自分にはどれだけの可能性があるのだろう-。どんな世界でも、ほかでもない「私」自身の成長曲線を知る15歳などいない。日本一を目指す道など全く頭になかったが、父は違った。姫路から離れたくないという娘を説得し、全国の強豪校へ練習見学に向かわせた。

 かつて甲子園学院高(兵庫県西宮市)を全国上位常連校に育てた霜村武彦に紹介され、聖カタリナ女子(愛媛県松山市)の体育館に着くと、先輩たちは自然に迎えてくれた。昼、みんなが輪になって楽しそうに弁当を食べている姿が印象に残る中、監督の一色健志に告げられた。「うちはガード(ポジション)が多いからやめといた方がいいよ」。後にU19日本代表監督も務める名将の、含みを持たせた受け入れ拒否。しかし、姫路から来た怖いもの知らずの少女は即答した。「私、行くとこ無いんですよ」。この無鉄砲なほどの意思の強さに一色は応えた。そして田村にとっては、その決意が間違っていないことを証明する3年間が始まった。

 練習の厳しさは想像以上だったが、指揮官の思惑は外れ、1年冬から主力として出場機会をつかみ取る。練習でも監督に食ってかかるほど「ハチャメチャだった」おてんばは、仲間に恵まれた。1学年上の近平奈緒子(元アイシン)らの包容力、宮崎早織(東京五輪日本代表)ら後輩からの信頼。同級生で主将を務めた熊美里(大洲高教諭)は「意志が強いムードメーカー。みんなを引っ張ってくれた」と振り返る。校内のマリア像に毎晩「監督に信頼される選手になる」と誓い続け、大好きなバスケで自分自身を証明したいと願う強い気持ちこそが、原動力だった。

 そして3年生で迎えた北信越インターハイ。愛媛のオレンジ軍団は田村と熊、宮崎のバックコートトリオを中心に強豪を次々と打ち破り、同校初の全国大会決勝にたどり着く。相手は全国制覇50回に王手をかける「女王」桜花学園だった。

悔しさ糧に高まる責任感、ウインターカップ決勝…そして大学へ

 この大会、身長166センチのガードは得点ランク7位、3ポイントシュート成功率1位の活躍を見せたが、決勝で相まみえた女王の壁は厚かった。ただ「結果には満足できたし、楽しかった」と振り返る真夏の快進撃は、誇らしくもあった。

 そして5カ月後、高校最後の冬。個人、チームの力量すべてを底上げし、自信を持って臨んだウインターカップ決勝で再び常勝軍団に挑んだ。準決勝までの4試合で、チームトップの1試合平均18・8点をたたき出していた点取り屋だが、この年初めて広島で開催された高校日本一決定戦の記憶をひもとくことは、10年が過ぎた今もない。

 結果は4得点、持ち味の長距離砲は8分の0。決して得意でなかった守備で4スチールと食い下がったが79-88で敗れた。敵将井上眞一が「(聖カタリナの)3ポイントを止められたことが勝因」と試合後に評したように、大会屈指のコンボガードは責任を負って泣いた。仲間の、監督の期待に応えられなかった自分が悔しかった。

 日本一を本気で目指した愛媛で充実感と苦い記憶を糧にした18歳は、早稲田大学に進む。ヘッドコーチは日本女子バスケ界の伝説、萩原美樹子。田村いわく「別人格になるくらい」高いレベルの知識や思考、コミュニケーションで運営されるチームの一員となって、責任感はいやが応でも高まった。学生としても倉石平(元男子日本代表監督)に世界基準の技術や戦略を教わった。U19日本代表では世界大会でアシスト王を獲得し、チームにアシスタントコーチとして参加していた恩塚亨(現女子日本代表監督)との出会いは「自分が気付いていなかった選手として、人としての可能性を気づかせてくれた」大きな転換点となった。

 「認め合い、刺激を受けて勝利に向かう」環境で過ごした4年間は、周囲の支えに感謝してもしきれない充実の日々だった。

期待と使命感 高み目指し、Wリーガーとして凱旋

 主将を務めた早大でリーグ戦3連覇、MVPも獲得した22歳は2017年、Wリーグのデンソーアイリスに加入する。日本代表の高田真希を中心に日本一を目指す強豪チームの中でも、ユニバーシアード日本代表として50年ぶりの銀メダルを獲得するなど存在感を示していた。

 ただ、人生で初めて仕事としてバスケットに向き合い、スター選手同士がしのぎを削るリーグのレベルは想像を超える高さだった。ルーキーイヤーの先発出場は1試合。それが5試合に増えた2季目の2019年1月27日、ウインク体育館(当時)で「凱旋(がいせん)試合」のリーグ戦が開かれる。姫路で生まれ育ったWリーガーは途中出場ながら、笛と同時にシュートを決める「ブザービート」で1500人の観衆を沸かせた。

 「もう、鳥肌がたちましたよ。連れてきたバスケットボール部の生徒たちも大喜びで、うれしくて、誇らしかった」。当時花田中の教頭を務めていた森川寛司は、教え子の晴れ舞台を今も目に焼き付けている。

 ただし、試合の主役はこの日30得点のエース高田であり、対戦相手で13アシストをあげた富士通の司令塔町田瑠唯であり、そしてもう1試合に登場した女王JX(当時)のスーパースター渡嘉敷来夢ら、バスケを知らない人でも知っているような日本代表選手たちだった。

 出場時間8分59秒、4得点で終えた試合後、神戸新聞の取材に「小中学生が憧れるようなガードになりたい」と答えた田村の言葉に偽りはなかった。ただ、その両肩には活躍し続けることへの期待と責任、そして使命感が、少しずつ重なっていた。小学生の時、エスコートキッズとして立ったこのアリーナで見上げた選手は大きくて、まぶしかった。あの時の憧憬(しょうけい)から続く地平に立つ自分。「楽しい」だけでボールを追う未来は、想像できなくなっていた。

出せるすべて注ぎ込んだ、引退後の五輪で仲間の奮闘に感動

 新型コロナが猛威を振るい始めた2020年春、田村未来は現役引退を決めた。2018年には子どものころから「絶対にいい選手になる」と言い続けてくれた父、孝徳さんが亡くなっていた。「もったいない」という声も聞いた。決心した後も悩む25歳を、高校時代の相棒、熊美里の言葉が支えた。「続けた方がいい、と言ってもらえるのは頑張った証し。自分自身が頑張った、これで良かった、と思えればそれでいい」。

 トップアスリートが表現する「頑張る」の尺度は正直、理解が難しい。身体と精神を追い込み、時に限界を超えてしまうこともある。負けん気と明るさを携えて、練習に明け暮れた18年の競技生活。すべての結果に納得した訳ではなかったが、自分の出せるすべてを注ぎ込んだ自負はあった。

 競技を離れ社業に専念する日々が始まると、あれだけ好きだったバスケットボールを見ることはなくなった。「あえて遠ざけていたのかもしれない」。その距離感が変わったのは、1年延期されて2021年に開かれた東京五輪。日本中を沸かせた彼女たちの姿だった。

 愛媛で苦楽をともにした宮崎早織、早大で憧れの先輩だった本橋菜子、高田真希や赤穂ひまわりら元チームメートの奮闘にくぎ付けになった。そして世代別代表で「こんなに頑張れる人がいるんだ」とうならされた林咲希が、準々決勝ベルギー戦で値千金の逆転弾を決めた瞬間、心が震えた。

 「みんな、しんどい中で戦ってる。すごい」

 誰もが知ることすらできないその「しんどさ」を理解し、心の底から尊敬の念を持って感動している自分がいた。それは、あらゆる逆境に立ち向かい、乗り越えてきた自らの競技人生と向き合い、ようやく認めることができた瞬間でもあった。

 父が信じ続けた未来は、頑張った娘の元にちゃんと届いていた。高みを目指して支え合い、競い合って、心通わせた仲間たちの輝く笑顔とともに。

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