北播

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鋤簾(じょれん)を置いた辺りが基壇の南端。基壇が奥に広がっていたとみられる=加西市吸谷町
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鋤簾(じょれん)を置いた辺りが基壇の南端。基壇が奥に広がっていたとみられる=加西市吸谷町

 兵庫県加西市教育委員会は2日、吸谷廃寺跡(同市吸谷町)で、本尊を置く金堂の基礎にあたる「基壇」跡が見つかったと発表した。これで金堂、塔、講堂という主要伽藍の配置が判明。専門家は「立派な古代寺院だったことが分かる」と説明している。(森 信弘)

 市教委によると、同寺は市内の玉丘古墳群に埋葬された豪族の子孫が建てたと考えられる。これまでの調査は1991、96年と2015、17年に行われ、僧坊とみられる建物跡や講堂の基壇跡、塔を支える心柱の礎石「塔心礎」(地下式)などが見つかっている。

 今回の調査は慈眼寺本堂の東側で17年11月から実施。見つかったのは基壇南端の一部で、東西に伸びる約5メートル分を確認した。基壇は四角形で、南北は15メートル以上あるとみられる。前回調査で見つかった塔の基壇跡は約12メートル四方だったことから、今回は塔よりも大きい金堂と特定できた。

 基壇跡の外側で大量に出土した瓦の文様やこれまでの調査から、寺は白鳳時代(7世紀後半)に創建されたと推定できるという。向かって奥に講堂があり、右に金堂、左に塔がある「法隆寺式」で、正面が東を向いていることが分かった。

 京都府立大の菱田哲郎教授(日本考古学)は「これまでの調査成果を含め、伽藍が復元できるようになった」と評価している。

 調査は今月中頃に終わる予定で、一般市民向けの現地説明会は行わない。

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