北播

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パリから持ち帰ったが、親族が引き取ったトランクケース=小野市立好古館
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パリから持ち帰ったが、親族が引き取ったトランクケース=小野市立好古館
パリで描いたとみられる自画像(左)と婦人像=小野市立好古館
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パリで描いたとみられる自画像(左)と婦人像=小野市立好古館

 大正時代、フランス留学から帰国する客船から身を投げ、30歳で亡くなった兵庫県小野市出身の洋画家田中英之助の油絵など約70点が、同市立好古館(同市西本町)で展示されている。印象派の技法を用い、光と影の対比を色鮮やかに表現。粕谷修一副館長(52)は「不運にして花開かなかった才能。大志を抱いて海外に羽ばたいた若者が成長した過程を見てほしい」と話す。(笠原次郎)

 英之助は加東郡市場村大島(現同市大島町)で1895(明治28)年、金物卸売業として成功していた地主の家に生まれた。旧制小野中(現小野高校)を経て東京美術学校(現東京芸術大)を1922(大正11)年に卒業した後、パリへ。親族によると、東京の名家から嫁いだ妻の珠子は小野に移住して夫の帰りを待った。小野からの毎月の仕送りは家が建つほど高額だったという。

 当時の新聞によると、フランスで名作を目の当たりにして自信を失い、精神を病んだという。見かねた友人らの助言もあり、25(同14)年4月下旬、マルセイユから船で出国したが、3日目に地中海へ身を投げた。6月上旬、神戸港にトランクだけが届き、父と兄らが引き取った。珠子はその年のうちに後を追ったという。

 田中家は2004年、全遺作137点を同館に寄贈。作品展では、裸婦像の大作や肖像画、実家に飾られていた自画像など、フランス時代に描いた10点も並ぶ。東京美術学校時代に留学を見据えて力を入れていたフランス語のノートや、小野で描いた加古川の舟着き場のスケッチなども出展されている。

 英之助の兄弟の孫の妻、飲食業田中今日子さん(68)=同市=は「蔵で眠っていた作品が日の目を見て良かった」と喜んでいる。

 6月24日まで(月曜休館)。午前9時半~午後5時。一般200円、小中学生100円。同館TEL0794・63・3390

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