北播

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自らの夢や理想を盛り込んだ店舗に立ち、昔を懐かしむ遠藤茂男社長=西脇市西脇、てんぷる
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自らの夢や理想を盛り込んだ店舗に立ち、昔を懐かしむ遠藤茂男社長=西脇市西脇、てんぷる
開店当初はカップルの待ち合わせ場所にもなった噴水=西脇市西脇、てんぷる
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開店当初はカップルの待ち合わせ場所にもなった噴水=西脇市西脇、てんぷる
モザイク模様が施された店舗の壁面=西脇市西脇、てんぷる
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モザイク模様が施された店舗の壁面=西脇市西脇、てんぷる

 約25平方メートルの店に並べられた洋傘やネクタイ、ショール…。右肩上がりの時代を彩る洋装品を売るこの店が、オモチャのデパート「てんぷる」の前身だった。

 1956(昭和31)年、兵庫県西脇市西脇のアーケード通りに創業した「えんどう」。地場産業の播州織が潤った「ガチャマン景気」に沸き、商品は次々と売れた。

 遠藤茂男社長(83)は中学卒業後、洋品雑貨店で働いた。月に1度の休みで仕入れや陳列など小売業のイロハを覚え、苦労して20歳で構えた店だった。「当時は皇太子殿下のご成婚で、美智子さんの羽織った、ふわっとした白いショールがはやって」と懐かしむ。

 流行を探ろうと神戸・元町を散策していた時に、玩具店が目に飛び込んできた。店主に話を聞くうちに心は決まった。「戦中戦後の物のない時代に育ったから、憧れがあったのかも」。

 65年、駅前通りにてんぷるを出店すると、自分と同世代の親たちも子どもに夢を託したのか、鉄腕アトムの玩具やバービー人形、ミニカーなどを買い求めた。

 売り上げを伸ばしたてんぷるは売り場面積を広げ、79年、結納品やベビー用品も扱う総合店舗として、現在の場所に新築移転した。総事業費は3億円。「家の事情で進学を断念したが、40歳を過ぎてようやく夢がかなったと感無量だった。返済には苦労したけど」

 広い店にしたのは、どんな商品も現物を見て、納得して買ってほしいから。結納品も広げて展示。ひな人形などは顧客の住宅事情を聞き、用途や値段が違う理由も説明して販売した。小さな修理も請け負った。「専門店としての誇り。損得よりも大事なことがある」

 それは数十円、数百円を握りしめて通う子どもにも同じ。「買ったおもちゃの使い方が分かるかなと気にして、動かしてみたり、お釣りを小袋に入れたり。地域の商店、町の顔としての思いやね」とつぶやく。

 播州織の最盛期に比べ、子どもの数はぐっと減り、地域の小売店も少なくなった。間もなく、てんぷるが町にともし続けた火も消える。ただ、次々と訪ねる常連客らの表情が、この場所に流れた温かな時間の存在を物語る。「お客さんのありがとうが私の勲章。最後までいつも通り働きたい」。(長嶺麻子)

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