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地域の足として走るJR加古川線。経路選定には、さまざまなドラマがあった=小野市阿形町
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地域の足として走るJR加古川線。経路選定には、さまざまなドラマがあった=小野市阿形町
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 兵庫県小野市の西側を貫くJR加古川線に乗っていて、ふと気付いた。通勤・通学時には学生やサラリーマンでにぎわう同線だが、市内の5駅は、いずれも市街地から離れている。なぜ、人口が少ない場所に止まるのか。不思議に思って調べてみると、開業当時、人々が抱いていた蒸気機関車(SL)への不安が一因として浮かび上がってきた。ルート選定にもひと騒動があったようで…。身近な路線の知られざる歴史に迫った。(杉山雅崇)

 市内の市場、小野町、粟生、河合西、青野ケ原駅は全て加古川西岸にある。加東市でも、同線は市街地から少し離れて敷設されている。なぜ、密集地を避けたのか。郷土史に詳しい小野市立好古館(西本町)の粕谷修一副館長(54)は「SLが出す煙への懸念が影響していたようだ」と指摘する。

 同線の前身、播州鉄道の開業は1913(大正2)年。当時は、石炭と水で走るSLが主力だった。粕谷さんによると、走行時に出る黒煙と火の粉が、住居や畑に燃え移って火災が起こる-とのうわさが広まり、鉄道敷設に消極的な住民が少なくなかったという。

 加えて、同鉄道の財政状況も関係していた。小野市史によると、市街地がある加古川東岸の土地買収には多額の費用が必要だったことから、地価の安い西岸で計画が進められたようだ。

 それでも、異論はあった。建設直前の11年ごろ、当時の加東郡(現小野、加東市)の村長たちは、連名でルート変更を求める陳情書を出している。

 村長たちは嘆く。小野市史をさらに読み進めると、村長は加古川西岸の鉄道計画を「郡是(これ)を誤り、悔(かい)を千載(せんさい)に遺(のこ)す所以(ゆえん)として斉(ひと)しく怨嗟(えんさ)して止(や)まざる」とし、繁華街から遠く川を隔てた経路を厳しく批判したというのだ。しかし、小野市中心部への鉄道乗り入れは、戦後の神戸電鉄延伸まで待たねばならなかった。

 今年で開業から107年を迎えた加古川線。本数は少ないものの、沿線学生やサラリーマンの欠かせない足となっている。東岸か西岸かで揺れた北播地域の鉄道計画。当時の村長や住民が生きていたら、現在の鉄道事情をどのように見ただろうか。

【JR加古川線】加古川市の加古川駅と丹波市の谷川駅を結ぶ全長48・5キロの路線。播州鉄道が敷設し、太平洋戦争中に国有化された。1995年の阪神・淡路大震災では、寸断された山陽本線の迂回(うかい)路として利用された。2004年には全線が電化されている。

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