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「当事者だからこそ伝えられる情報を発信していきたい」と話す麻倉未稀さん=大阪市北区
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「当事者だからこそ伝えられる情報を発信していきたい」と話す麻倉未稀さん=大阪市北区
専門医らと検診の大切さや最新の乳がん治療について話し合ったフォーラム。右から2人目が麻倉未稀さん=大阪市北区
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専門医らと検診の大切さや最新の乳がん治療について話し合ったフォーラム。右から2人目が麻倉未稀さん=大阪市北区

 日本女性のがんで最も多い乳がん。出産の高齢化や食生活の変化などで罹患(りかん)率が増え続け、現在は11人に1人がかかるとされる。大ヒット曲「ヒーロー」で知られる歌手の麻倉未稀(みき)さん(58)もその一人で、昨年手術を受け、今も薬物治療を続けている。このほど大阪で開かれた「ちゃやまちキャンサーフォーラム」で自身の経験を語った麻倉さんに、がんとの向き合い方を聞いた。(片岡達美)

 左胸に乳がんがあると分かったのは2017年4月。テレビ番組の企画で受けた検診によってだった。驚くとともに、つらかったのが「治療法を決めるのに必要な、がんのタイプが判明するまで」と麻倉さん。病気は公表するのか、仕事はどれくらい休めばいいのか。先が見えないもどかしさの中で精神的に追い詰められた。

 「夫の前で一度だけ大泣きした。夫はただ驚いていた」と振り返る。

 病理検査の結果、進行度を示すステージは4段階の「2」。医師から左乳房の全摘出と同時再建手術を勧められ、「その場で決断した」という。

 手術は同年6月22日。術後は左腕が上がらないなどの後遺症があったが、週に1度のリハビリをこなし、2カ月足らずでステージに復帰した。「傷が痛まないように力を抜いて発声するうち、手術前より伸びのある声が出るようになったのが、けがの功名」と笑顔を見せる。転移の兆候もなく、現在はホルモン剤の服用を続ける。

 自分の手術日に、同じ乳がんで闘病中だった元アナウンサーの小林麻央さんが亡くなったことを術後、ニュースで知った。「衝撃だった。自分ももう少し発見が遅れたらどうなっていたか」。生かされた命を役に立てたいという思いが、がん啓発活動の原動力となったという。

 がんを公表する理由がもう一つある。「私は信頼できる主治医と出会い、標準治療を受けて成功したが、医学的な根拠に基づかない治療にすがる人もいる。さまざまな情報が飛び交う中、わらをもつかむ思いだろうが、私の例が一つの指針になれば」と願うからだ。

 自宅のある神奈川県藤沢市で、ロックバンド「プリンセスプリンセス」の元メンバー富田京子さんとともに啓発のための組織「ピンクリボンふじさわ」を結成。9月の市民祭りではイベントを開催し、検診の大切さなどを訴えた。

 今後は安定的に活動を続けるためNPO法人にする計画で、「乳がんだけでなく、全てのがんに対応し、患者や家族の相談を受けられる拠点にしたい」と意気込んでいる。

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