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「株式会社鈴木商店」と、その持ち株会社「鈴木合名会社」の登記簿写し。激動の歩みが刻まれている
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「株式会社鈴木商店」と、その持ち株会社「鈴木合名会社」の登記簿写し。激動の歩みが刻まれている
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 明治から大正にかけて神戸を拠点に急成長し、100年前に売り上げ日本一となった総合商社、鈴木商店。昭和初期の金融恐慌で破綻したが、登記上は今も会社が存在していることが分かった。経営実態は既にないものの、清算は終わっておらず、手続きをすれば復活も可能だ。「最後まで再興を目指した大番頭、金子直吉の意をくんだのだろうか」。関係者は推測するが、真相を知る人はいない。

 鈴木商店は神戸港開港間もない1874(明治7)年、砂糖輸入商として神戸・弁天浜で創業した。創業者の死後、「お家さん」と呼ばれた女主人鈴木よねと番頭金子がけん引。造船や重化学工業などに進出し、絶頂期には世界40カ所に支店を置き、60社超の企業を抱えた。神戸製鋼所や帝人、双日、サッポロビールなど金子が種をまいた企業は今も多く残る。

 創業時は個人商店だったが、1902(同35)年に「合名会社鈴木商店」を設立。23(大正12)年に会社の近代化を目的に、貿易部門を担う「株式会社鈴木商店」と持ち株会社の「鈴木合名会社」に分けた。株式会社社長にはよねが就き、専務の金子に経営を任せた。

 しかし、昭和金融恐慌で資金繰りが悪化し、27(昭和2)年に破綻。破綻から6年後には全ての借金を返済した。その後、株式鈴木と鈴木合名の両社は解散を決議して清算手続きに入った。通常、清算の終了を意味する「結了」をもって会社はなくなるが、両社とも結了していない。

 登記簿では両社の本社所在地は「神戸市栄町通参丁目」となっている。

 神戸地方法務局の担当者は「小さな会社の場合、清算を終えずに放置する例は珍しくないが、鈴木商店のような大企業ではちょっと考えにくい」と指摘する。

 金子は44(同19)年に77歳で死去した。鈴木商店直系の非鉄金属メーカー太陽鉱工(神戸市中央区)の顧問、金野和夫さん(77)は「お家さんに忠誠を誓っていた金子は、死の直前まで事業計画を練って再興を模索していた。関係者はそれを知っていただけに、あえて清算を終えなかったのかもしれない」と話している。(小林由佳)

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