ひょうご経済プラスTOP 経済 神鋼 神戸の高炉31日停止 製鉄の火燃やし59年

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神鋼 神戸の高炉31日停止 製鉄の火燃やし59年

2017.10.31
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31日に停止する神戸製鋼所神戸製鉄所の高炉(中央)。約59年間続いた高炉の火が消える=30日午前、神戸市東灘区御影浜町から灘区灘浜東町方面を望む(撮影・中西大二)

31日に停止する神戸製鋼所神戸製鉄所の高炉(中央)。約59年間続いた高炉の火が消える=30日午前、神戸市東灘区御影浜町から灘区灘浜東町方面を望む(撮影・中西大二)

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 神戸製鋼所(神戸市中央区)は、神戸製鉄所(同市灘区)の高炉を31日朝に停止する。58年10カ月にわたって鉄をつくり続け、同社を鉄鋼大手の一角に飛躍させた。1995年の阪神・淡路大震災で被災したが、驚異的な早さで復旧し「産業復興の象徴」とされた。検査データ改ざん問題で会社が存亡の機に直面する中、その役目を終える。(高見雄樹)

 同日午前6時、高炉内に1200度の風を送る装置、熱風炉を止める。「吹き止め」と呼ばれる作業で、鉄鉱石と石炭を炉内に入れて銑鉄を取り出す反応が止まり、その後3日ほどかけて炉内を冷却する。

 31日午後3時からは、運転や作業に携わる約40人が集まり、吹き止め式を開く。神事の後、溶けた銑鉄が出てくる高炉の出銑口(しゅっせんこう)を閉じる。11月3日に取引先、関係者ら80人を集めて休止式を開いた後、12月には解体作業に取り掛かる。

 神戸製鋼は1957年に1号高炉の建設を始め、59年1月に稼働した。自社で建設した初の高炉で、鉄鋼大手に飛躍する契機となった。61年に2号、66年に3号が完成。ただ、鉄鋼需要の冷え込みから、83年以降は3号高炉しか稼働していなかった。95年の震災直後は復旧に半年以上かかるとされたが、2カ月半で生産ラインを再構築。産業界や地元経済への影響を最小限に抑えた。

 鉄鋼部門の製造コストを引き下げるため、2013年に川崎博也社長が廃止を決定。今後は、加古川製鉄所(加古川市)にある2基の高炉に集約する。神戸では、加古川からの鉄鋼を使い、ばねやボルトなどの材料となる線材や棒鋼に圧延する工程が残る。跡地では石炭火力発電設備を計画しており、製鉄所の名称を残すかどうかは今後決める。

 神戸の高炉作業に40年以上携わった元社員の男性(71)は「(データ改ざんで)皆さんの信頼を一瞬でなくし残念でならないが、60年近く頑張った高炉の最後をしっかり見届けたい」と話した。

 【高炉】石炭を蒸し焼きにしたコークスと鉄鉱石を投入し、熱風を送って銑鉄を取り出す装置。溶鉱炉とも呼ばれる。巨大な炉内では温度や圧力などを細やかに調節する必要があり、早くからコンピューターによる制御が進んでいる。銑鉄は鋼板や線材へと加工される。