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スポ×ビズ新時代(1)スポーツ×アカデミア

2019.08.14
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アシックスが開発した新型ランニングシューズ「メタライド」。硬い靴底が走行中の足首の余計な曲げ伸ばしを少なくし、楽に、長く走れる=神戸市西区高塚台6、アシックススポーツ工学研究所(撮影・後藤亮平)

アシックスが開発した新型ランニングシューズ「メタライド」。硬い靴底が走行中の足首の余計な曲げ伸ばしを少なくし、楽に、長く走れる=神戸市西区高塚台6、アシックススポーツ工学研究所(撮影・後藤亮平)

CNFを採用した世界初のランニングシューズ「ゲルカヤノ25」を手にする開発者の立石純一郎上級主席研究員。「新技術を製品化し、世に問い続けたい」と話す=神戸市西区高塚台6、アシックススポーツ工学研究所(撮影・後藤亮平)

CNFを採用した世界初のランニングシューズ「ゲルカヤノ25」を手にする開発者の立石純一郎上級主席研究員。「新技術を製品化し、世に問い続けたい」と話す=神戸市西区高塚台6、アシックススポーツ工学研究所(撮影・後藤亮平)

CNF研究の第一人者の1人、京都大の矢野浩之教授(右)。画期的な製造方法「京都プロセス」が、実用化の道を切り開いた=京都府宇治市五ヶ庄

CNF研究の第一人者の1人、京都大の矢野浩之教授(右)。画期的な製造方法「京都プロセス」が、実用化の道を切り開いた=京都府宇治市五ヶ庄

 2020年東京五輪・パラリンピックの開幕まであと1年。ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会開催も目前に控え、盛り上がるスポーツ。運動に親しむ人の裾野も広がり、スポーツを巡る新たな商流が関西で生まれている。

 最先端の技術を用い、競技者を支えるのはアシックス(神戸市中央区)。京都大が製造法を開発した鉄の5倍の強度を持つ“夢の素材”を使い、省エネ走法を実現するランニングシューズを発売した。繊維メーカーのミツフジ(京都府精華町)も心拍数を計測できる衣料を完成させ、心身のケアに貢献する。

 疲労回復用の「食」も進化している。老舗和菓子店はスポーツ向けようかんを作り、化学メーカーはマグネシウムを食用にして売り出し、足がつらない「魔法の粉」と人気を呼ぶ。

 競技用車いすの仮想現実(VR)体験、コンピューターゲームの腕前を競う「eスポーツ」による温泉地振興。ゴルフ、自転車を軸にしたツーリズムなど、体験型サービスも活発化している。

 新旧の技術や地域の資源が、スポーツビジネスにより新たな価値を生む。神戸新聞と京都新聞の記者が、京阪神での動きを追った。

■次世代の技術、五輪の舞台へ

 船首のように反り上がる硬く厚い靴底。踏み出せば、前へ前へと足が自然に押し出される。独特の形が生むゆりかごのような動きで、走行時の消費エネルギーを20%削減する。今年2月発売の新型ランニングシューズ「メタライド」は、世界的ブームの厚底ランニングシューズで出遅れていたアシックス(神戸市中央区)が、トップメーカーのナイキに挑む渾身(こんしん)の一足だ。

 誕生の鍵は、セルロースナノファイバー(CNF)。植物の細胞壁をつくる極細繊維で、重さは鉄の5分の1、強度は5倍という。将来、自動車や航空機のボディーへの活用が期待される“夢の素材”でアシックスは靴底のスポンジを開発し、2018年に世界で初めて製品化。上級主席研究員立石純一郎(39)は語る。「実現できたのは『京都プロセス』のおかげだ」

   ◇  ◇

 京都府宇治市にある京都大生存圏研究所。05年、産官学の研究チームが発足した。リーダーは教授の矢野浩之(60)。目指すのはCNFの産業化への難題を解決することだった。

 CNFを幅広く使えるようにするには、樹脂やプラスチックに混ぜ込むことが必須。だが技術的に難しく、製品化の例もなかった。

 矢野はまず、パルプを水中でほぐして繊維を分離させ、化学処理して樹脂と混ぜる2段階の方法で成功した。ところが、共同研究者の企業は言い放った。「1キロ作るのに1万円は高い」

 打開策は5年が過ぎても見つからなかった。矢野は2段階方式でしかできないことを証明するため、パルプの段階で化学処理して樹脂と混ぜる方法を試した。すると、驚くべきことに結果は2段階と変わらなかった。工程を一気に短縮でき、コストは10分の1に。独自の製造方法「京都プロセス」が12年に確立した。

   ◇  ◇

 15年、立石は学会で京都プロセスの話を聞き、ひらめいた。靴底用スポンジ材料の樹脂を大きく膨らませ、CNFを補強材として混ぜれば、軽さと強さを両立できる。神戸市西区のアシックススポーツ工学研究所に京都プロセスのCNFを取り寄せ、専用樹脂に混ぜる実験を重ねた。100種類もの配合を試して完成したスポンジは、強度も耐久性も大きく向上した。

 18年5月、立石は京都の矢野を訪ねた。初心者用ランニングシューズの主力「カヤノ」の最新モデルを差し出し「CNFを使いました。年間販売数300万足です」。初めて産業利用された商品を手にし、矢野の目は潤んだ。「この靴の先に自動車、航空機がある」

 翌年、本格派ランナー向けメタライドを発売。20年東京五輪・パラリンピックのボランティア用に決まったシューズでは、マシュマロのように軟らかくクッション性の高い靴底を実現し、スタッフ11万人の足元を支える。「CNFはアシックスの物づくりに欠かせぬ素材になった」と立石。

 関西が生んだ斬新な技術・商品が、世界の大舞台に立つ日はすぐそこだ。=敬称略=(中務庸子)