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【評伝】「お風呂は人を幸せに」ノーリツ創業 太田敏郎さんを悼む

2020.01.22
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神戸・元町の高架下を歩く(左から)太田敏郎さん、鬼塚喜八郎さん、田崎俊作さん。神戸が育んだ創業社長たちだ=2007年2月

神戸・元町の高架下を歩く(左から)太田敏郎さん、鬼塚喜八郎さん、田崎俊作さん。神戸が育んだ創業社長たちだ=2007年2月

 「太田でございます」。海軍兵学校仕込みの胆力のある声がよみがえる。いつどんなときでも揺るがぬ存在感があった。かといって深刻にならず、どこかユーモラスでそばにいると明るい気分になった。

 15日、92歳で亡くなった太田敏郎さん(ノーリツ名誉会長)は兵庫・姫路に生まれ、戦後の神戸で起業し、給湯器大手を築いた。どんな企業にも始まりがある。創業のスピリットの強烈な輝きを思わずにいられない。

 起業時のエピソードは有名だ。兵学校で敗戦を迎え、1950年、タイル仕上げの風呂釜「能率風呂」の発明者と出会う。その場で裸になって入浴したとき兵学校時代の風呂を思い出したという。冬の厳しい訓練の後は体が凍てついた。「風呂に飛び込み体を温め、生き返る思いをかみしめながら湯気のかなたに母の面影を浮かべて泣いた」。本紙連載「わが心の自叙伝」を基に出した著書のタイトルは「お風呂は人を幸せにする」。これが経営と人生の原点となった。

 起業、倒産、再起、解任、震災による本社全壊…。数々の難局にも真正面からぶつかり、乗り越えられたのも不屈の精神があったからだ。法外な配当を求める外資系ファンドともやりあい、一歩も引かなかった。「日本には日本流の経営がある。守るべきは守り、断固として押し通すものは押し通さねばならぬ」

 2007年、本紙連載「兵庫人」の取材で三宮から元町に至る高架下を歩いた。アシックスの鬼塚喜八郎さん、田崎真珠の田崎俊作さん(いずれも故人)が一緒だった。3人とも一代で業界を代表する企業を育てた経営者だが、昔の闇市を思い出して「懐かしいな」と話す表情は生き生きしていた。敗戦後、焼け跡を駆け回ったのは、鬼塚さんは鳥取、田崎さんは長崎、太田さんは姫路と、夢を描いて神戸にやってきた青年たちだったのだと実感した。

 神戸からダイエーやワールドなどいくつもの企業が育った。14年の太田さんのインタビューは今思うと遺言のような内容だ。「戦後の神戸で花開いたのは生活文化産業だ。鬼塚さんや木口衞さん(ワールド創業者、故人)、田崎さんらが仕事に打ち込めたのも、日本が戦争をせず、平和だったからだ。平和でなかったら、うちの風呂釜なんてだれが買ってくれることか。戦争だけは絶対やっちゃいかん」

 心からご冥福を祈りたい。(加藤正文)