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レースの合間にスタッフと打ち合わせをする徳永昌之さん
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レースの合間にスタッフと打ち合わせをする徳永昌之さん
ホンダの「CBR1000RR」で鈴鹿8耐に参戦した徳永昌之さん(右)=三重県鈴鹿市
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ホンダの「CBR1000RR」で鈴鹿8耐に参戦した徳永昌之さん(右)=三重県鈴鹿市

 三重県の鈴鹿サーキットで7月に開かれたオートバイの第40回鈴鹿8時間耐久ロードレース(鈴鹿8耐)で、神戸市東灘区の会社員徳永昌之さん(47)がチーム監督兼ライダーとして10年ぶりに参戦した。予選で転倒、右足首を骨折しながらも決勝では完走を果たし、「さび付いたおっさんの再挑戦を多くの人が支えてくれた」と感謝した。(石崎勝伸)

 鈴鹿8耐は1978年から毎年夏に開催。1台のマシンを2、3人のライダーで乗り継ぎ、1周約5・8キロのコースを8時間走り続ける。今年は世界耐久選手権シリーズの最終戦として、プロ、アマ計68チームがエントリーした。

 徳永さんは福岡市出身。18歳でバイクに乗り始め、レースに魅せられ国際A級ライセンスを取得した。鈴鹿8耐は2001~05年と07年に出場。04年には自身最高位の21位を記録した。

 ただ、大手建材メーカーの営業マンとして仕事も忙しく、家に帰れば2人の娘の父親。家族の心配や体力の衰えもあり、この10年近くは全くバイクに乗っていなかった。

 転機は昨年夏。テレビで鈴鹿8耐の中継を見ながら、かつてのバイク仲間と連絡を取り合い、「また走りたいな」と盛り上がった。仲間の一人は会社を経営しており、スポンサーになってくれることに。自分と組むライダー2人やメカニック、20人を超えるスタッフもかつての仲間らが引き受けてくれた。

 昨年12月、まず小型バイクのレースに参戦して感覚をつかみ、友人の大型バイクを借りて練習を始めた。ところが今年3月に出場したレースで転倒し、両手首を骨折。鈴鹿8耐の出場権を懸けた5月の最終選考レースになんとか回復が間に合い、5位で通過した。

 鈴鹿8耐の決勝は7月30日。徳永さんは2日前の予選で再び転倒、右足首を強打したが、骨折しているとは思わず、痛み止めの薬だけで決勝に出た。途中、チームメートの転倒などで遅れたが、3人で計185周を走って48位で完走した。

 トップスピードは時速300キロ近く。一瞬の判断ミスが大事故につながりかねない。極度の緊張と疲労がのしかかったが、徳永さんは「走りたくても走れない人がたくさんいる中、周りからチャンスをいただき、なんとか生かしたいと思った。夢のような時間だった」と振り返った。

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