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団体専用列車の車窓から手を振り、伊勢方面への修学旅行に出発する小学生たち。車体には「神戸市連合」の文字も確認できる=1963(昭和38)年10月15日、国鉄神戸駅
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団体専用列車の車窓から手を振り、伊勢方面への修学旅行に出発する小学生たち。車体には「神戸市連合」の文字も確認できる=1963(昭和38)年10月15日、国鉄神戸駅
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 神戸で小学生時代を過ごした30代以上なら、修学旅行は伊勢・鳥羽方面(三重県)に行ったという人が多いのではないだろうか。

 伊勢神宮に参拝し、夫婦岩の近くの旅館に宿泊。早朝、岩の間に昇る朝日を拝む。日中は伊勢湾に係留されていた「ぶらじる丸」や海女漁のショーを見学。真珠養殖の歴史を学ぶ記念館にも行ったっけ。

 神戸っ子の同市教育委員会職員(50代)と「ほぼ同じですやん」と盛り上がった30代の大阪出身記者。関西の修学旅行の内容は、長年似通ったものだったらしい。

 神戸市教育史第3集によると、1961(昭和36)年の行き先はすべて伊勢・鳥羽方面。昭和40年代に一部の学校が岡山方面に変更し、二十数校にまで拡大するが、経費や交通機関の問題があり、5年ほどで途絶えた。昭和末期の88年は、再び全校が伊勢・鳥羽を巡ったという。日程は今も昔も1泊2日だ。

 しかし「行き先は様変わりしています」と、この職員。市教委学校教育課のまとめでは、2016年度に伊勢方面を訪ねたのは全164校中、たったの8校。1996年度は広島に行く2校を除き、163校が伊勢に向かったのに。この20年間に何が起こったというのだろう。

 行き先変更に最も影響したと考えられるのが、学習指導要領の改定で2002年度に導入された「総合的な学習の時間」(総合学習)。子どもが自ら課題を見つけ、学ぶことに主眼を置く教育活動で、各学校に創意工夫が求められる。

 同課の担当者は「総合学習の導入で、修学旅行の位置付けは児童同士の交流から授業の一部に変わった」とみる。昔から校外学習ではあったが、卒業を前に皆で旅行を楽しみ、結束を固める側面も強かった。それが、旅程そのものに学習の要素を求められるように変化した。

 では、現代の子どもたちはどこへ向かうのか。16年度の最多は「京都・奈良・大阪・鈴鹿」(98校)の中での組み合わせ。古都で歴史を学びつつ、大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)や鈴鹿サーキットなどの訪問で遊びの要素も効率的に組み込めるのが人気の理由だ。2位は平和の尊さを知る広島(56校)。この2カ所で全体の9割以上を占める。

 「伊勢」と同様に、神戸の修学旅行からは「専用列車」も姿を消した。

 近隣各校が「連合」をつくり、大集団で回るのが神戸の慣例。長年、東灘連合と北神連合は近鉄とバスを利用し、神戸連合は国鉄の専用列車を仕立てていた。本紙には、神戸駅から出発する臨時列車に乗り込んだ児童たちの写真が残る。中学生には昭和30、40年代、明石-東京間を結ぶ専用列車「きぼう」もあった。

 列車はバスに取って代わられ、連合も現在は北神が残るのみ。行き先もそれぞれだが、各地を巡る子どもたちの笑顔だけは、いつまでも変わらないことを願いたい。(上杉順子)

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