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借り上げ復興住宅の訴訟に伴う集会で、住民への支援を呼び掛ける河村宗治郎さん=2017年11月8日、神戸市兵庫区羽坂通4、兵庫勤労市民センター(撮影・田中宏樹)
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借り上げ復興住宅の訴訟に伴う集会で、住民への支援を呼び掛ける河村宗治郎さん=2017年11月8日、神戸市兵庫区羽坂通4、兵庫勤労市民センター(撮影・田中宏樹)

 阪神・淡路大震災の被災者支援を訴え続け、81歳で亡くなった兵庫県被災者連絡会会長の河村宗治郎さん。借り上げ復興住宅で20年間の契約期間を過ぎ、住民が退去を迫られている問題では、継続入居を目指して精力的に活動していた矢先だった。行政には厳しく迫る一方で、被災者には優しい人柄で慕われ、悲報を受けた関係者らは「私たちの宝だった」と惜しんだ。

 阪神・淡路で自宅が全壊後、神戸市兵庫区の本町公園で約5年間暮らし、行政に住まいの確保などを求め続けた。当時から活動を共にする男性(67)は、同市兵庫区の借り上げ復興住宅に入居し、神戸市から退去を求めて裁判を起こされ、河村さんの支援を受けた。「父親のような存在。被災者のため、最後まで使命感を持っていた」と悼んだ。

 河村さんは闘病中も車いすで支援集会へ。「大震災を生き抜いた弱い高齢被災者が『住み慣れた場所でもう少し生かして』と言っている。その声を司法は受け止めて」「被災者を被告にするなんてけしからん」と激しく批判した。

 粘り強い要望は、県などが継続入居を認める要件緩和につながったと評価されている。県の借り上げ復興住宅(同市灘区)で暮らす女性(83)は「河村さんのおかげでコミュニティが守られた。あそこまで身を粉にしてやってくれる人はいない。優しい目をしていた」としのんだ。

 訴訟で住民を支援する女性(24)は「最後まで自分の軸を貫かれた。遺志を受け継ぎたい」と話す。

 妻紀子さんによると、河村さんは震災23年となる今月17日に、神戸市役所前で開く恒例の「1・17追悼・連帯・抗議の集い」への出席を目指していた。「最後まで、被災者のため声を上げる一心だった」(小林伸哉)

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