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喜楽館のちらしを配りながらパレードする落語家ら=新開地商店街(撮影・斎藤雅志)
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喜楽館のちらしを配りながらパレードする落語家ら=新開地商店街(撮影・斎藤雅志)
神戸高速鉄道新開地駅から商店街につながる階段には、「喜楽館」の文字と入り口ゲートをイメージしたラッピングがお目見えした。同館最寄りの階段で、訪れた落語ファンたちを出迎える=兵庫区新開地2
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神戸高速鉄道新開地駅から商店街につながる階段には、「喜楽館」の文字と入り口ゲートをイメージしたラッピングがお目見えした。同館最寄りの階段で、訪れた落語ファンたちを出迎える=兵庫区新開地2

 演芸場「神戸新開地・喜楽館」が11日に開場した。新開地(神戸市兵庫区)は戦前、東京・浅草、大阪・道頓堀と並び称される大歓楽街だったが、戦後は都市構造や娯楽の変化で活気を失っていった。近年は都心回帰の流れでファミリーの定住も進み、まちづくり団体は「喜楽館オープンでさらに明るい街に」と意気込む。(上杉順子)

 新開地は1905(明治38)年、湊川の付け替え工事により誕生した。湊川公園や劇場、百貨店などのレジャー施設が集まり、年間400万人が訪れたという。名画「モダン・タイムス」が発表された36(昭和11)年には、製作・主演の喜劇王チャップリンが本通りを歩いた。

 しかし、神戸大空襲(45年)で一帯はほぼ全焼。戦後は南側半分が米軍に接収され、復興は大幅に遅れた。昭和30年代には市役所などが三宮に移転し、同50年代以降は映画館や劇場も相次ぎ閉鎖された。商店街はアーケードを整備し催事を打つなど振興に努めたが、昼間から薄暗いアーケードには路上生活者が集まり、一般客の足は遠のいた。

 かつての活気を取り戻そうと、84年に新開地周辺地区まちづくり協議会が設立され、「新下町」などをコンセプトに商店街のモール化などを進めた。90年代に入り、神戸アートビレッジセンターなど芸術の街構想もスタート。阪神・淡路大震災後の復興過程で今回喜楽館を運営するNPO法人「新開地まちづくりNPO」も誕生した。

 「昼酒の街」のイメージは根強いが、2000年代に入り、住民の年齢構成に変化が。ファミリー層向けのマンションが増え、夏祭り会場などで幼子を連れた家族が目立つようになっているという。

 同NPO事務局長の藤坂昌弘さんは「地域ぐるみで環境整備を進め、イメージがだいぶ改善したところに喜楽館が開館した。街にとってチャンスであり、これからも活性化策を仕掛けていきたい」と話している。

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