神戸

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千苅ダムの高台にある丹生川上神社の分社(神戸市水道局提供)
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千苅ダムの高台にある丹生川上神社の分社(神戸市水道局提供)
丹生川上神社の分社の石柱(神戸市水道局提供)
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丹生川上神社の分社の石柱(神戸市水道局提供)
丹生川上神社の拝殿に飾られている、神戸市が奉納した黒馬の絵馬(神戸市水道局提供)
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丹生川上神社の拝殿に飾られている、神戸市が奉納した黒馬の絵馬(神戸市水道局提供)
勝田銀次郎・神戸市長が雨乞いで丹生川上神社に詣でることを伝える1939(昭和14)年10月10日の神戸新聞
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勝田銀次郎・神戸市長が雨乞いで丹生川上神社に詣でることを伝える1939(昭和14)年10月10日の神戸新聞

 今夏の酷暑や豪雨でも分かる通り、人は天気をコントロールできない。渇水に苦しみ、軍靴の音が響く中で水道設備に投資もできなかった戦前の神戸市は、“最後の手段”として雨乞いをした。その名残のほこらが今も千苅ダム(北区)に残る。ひょんなことから数年前に縁起が判明し、水道局の職員有志がゆかりの奈良・吉野を次々訪問。往時の役人に思いをはせている。(上杉順子)

 ほこらがあるのはダム上部東側の高台。傍らの石柱に「丹生川上水神」と彫られている。市水道の70年史、100年史に建立に関する記述はなく、職員の間では「謎のほこら」とされていた。

 謎が解けたのは全くの偶然。2014年9月、市水道局長(当時)の見通孝さん(63)が奈良県を旅行中、「水の神様」の看板に引かれて丹生川上神社中社(奈良県東吉野村)に立ち寄り、拝殿に「奉納 神戸市」「昭和十四年十月」と記された黒馬の絵馬があることを知った。その縁で、ほこらは、同神社の分社だったことが分かった。見通さんは15年、絵馬の存在を、年1回発行の局内誌で紹介。興味を持った職員たちが、同神社を次々と私的に訪問した。

 そのうちの1人、西部センター(須磨区)の横野勇人所長(55)は、同神社の日下康寛宮司(64)から話を聞いたり、図書館で当時の気象や新聞記事を調べたりして絵馬奉納、分社建立の背景をまとめ、同誌の18年号に寄稿した。

 それによると、1939(昭和14)年は阪神大水害の翌年で、前年と打って変わって記録的な少雨。同年10月10日の神戸新聞には、勝田銀次郎市長(当時)が市水道部長らと同神社に雨乞いに詣でる-という記事があり、絵馬の奉納年月と合致することから、この際に奉納したと推測される。黒馬は降雨を願う意味合いがあるという。

 同神社には同年、神戸に分社をつくったという記録が残り、日下宮司によると当時は全国から水道行政の関係者が参拝に訪れ、現地に分社を建てることは珍しくなかったという。昭和30年代中頃までは定期的に参拝する自治体も多かったというが、「信仰と行政の分離が進み、次第に廃れたのだろう」(日下宮司)とする。

 横野所長は「西日本豪雨で水害がクローズアップされているが、渇水も同様に大変なこと。当時は戦争に向かい物資が乏しい時代で、困りに困って雨乞いをしたのでは。水の大切さが感じられる逸話だ」と話している。

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