神戸

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神戸の海と街を照らす「灘の一つ火」=保久良神社
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神戸の海と街を照らす「灘の一つ火」=保久良神社
保久良神社の暮部優宮司(左)と宮総代の宗田匡弘さん=保久良神社
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保久良神社の暮部優宮司(左)と宮総代の宗田匡弘さん=保久良神社

 空が薄暮に染まるころ、標高185メートルにある保久良神社(神戸市東灘区本山町北畑)の「灘の一つ火」に明かりがともる。眼下に広がる夜景とのコントラストは、読者投稿にあるように絶景だ。

 古代から航海の安全を守ってきた同神社。設立年は不明だが、弥生時代中期とされる祭事用の土器や石器が見つかり、境内には神のより代とされる多数の磐座がある。

 一つ火の由来は、同神社の御祭神「椎根津彦命」の逸話に残る。

 摂津国莵原郡(兵庫県西宮市・夙川から神戸市中央区・生田川付近まで)の統治を任された椎根津彦命は、海から昇る太陽を拝める保久良山を目指し、青亀に乗って海岸に着いた。この場所が、青木(同市東灘区)付近で、今の地名になったと言い伝えられている。

 軍船を率いた神武天皇が航路を見失った際、椎根津彦命が案内を申し出た話も古事記に記される。村民の生活向上のために火力の普及を進め、同神社にかがり火をたいて海上交通の安全を図った。それが一つ火の始まりだという。

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 一つ火はどこまで届いてたのか。灯台の地理的光達距離(カイリ)を求める公式がある。目の高さをhメートル、明かりの高さをHメートルとし、(●h+●H)×2・083で分かるという。

 船上の人の目の高さを3メートルとすると、一つ火の標高は185メートルなので、計算上は約32カイリ、つまり約60キロメートル先まで見えることになる。電気が普及する明治時代より以前、真っ暗な夜の海で一つ火は舟人の支えだった。

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 火をともしていたのは麓の住民。子どもが当番制で毎日午後4~5時に山を登り火をつけた。宮総代の宗田匡弘さん(71)=同市東灘区=は「当時は参道が暗く、肝試し気分だった」と懐かしむ。今は防火対策で自動点灯の電灯になったが、神社の行事を手伝う「天王講」の人々に意志は受け継がれている。

 毎朝、一つ火の前でラジオ体操が開かれ、高齢者ら50~60人が参加。1度登るごとに、地元の登山会からはんこがもらえ、1万回以上登った人をたたえる表彰もある。「午前4時前から登ってくる人もいるんですよ」。暮部優宮司(60)が柔和に笑う。

 一つ火は、今も神戸の街と海を優しく包む。(村上晃宏)

【読者からの投稿】私のイチオシスポットは、保久良山を登った先にある「保久良神社」です。早朝登山をする人も多く、地元に愛された神社で、石灯籠「灘の一つ火」から見る神戸の景色は圧巻です。私も亡くなった祖父と一緒に登山をした思い出の場所です。

※●は、数式記号の「ルート」

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