神戸

  • 印刷
久利計一さん(中央)から鴨居玲の晩年について聞く元教え子ら=神戸市中央区
拡大
久利計一さん(中央)から鴨居玲の晩年について聞く元教え子ら=神戸市中央区
鴨居玲
拡大
鴨居玲

 人間の悲哀や孤独を見つめた洋画家鴨居玲(1928~85年)は神戸で亡くなる前の年、母校の金沢美術工芸大(金沢市)で数日間だけ学生を指導した。その時の強烈な印象を忘れられない6人の卒業生が今月、終焉の地・神戸を訪ね、親交のあった久利計一さん(71)=神戸市中央区=から晩年の様子を聞き取った。今も鴨居の教えを胸に刻み、画家や教員などそれぞれの立場で絵と向き合う6人。画業に全てをささげた生きざまに触れ、敬愛の思いを深めた。(田中伸明)

 神戸訪問のきっかけは、今年4月に金沢で開いた同窓会。久利さんに話を聞いてみたいとの声が上がり、兵庫県明石市の画家小松順子さん(55)が連絡を取った。

 6人は13日、久利さんが三宮で営む眼鏡店「マイスター大学堂」や自宅を訪問。鴨居の作品や書簡を見せてもらい、生前のエピソードに耳を傾けた。

 過剰な自意識とは裏腹に寂しがり屋で子ども好きでもあった鴨居。毎日のように久利さんを訪ねては酒杯を傾け、親密な付き合いは最期まで約6年間続いた。

     ◇

 6人の出会いの記憶は鮮烈だ。84年9月、鴨居は神戸ナンバーの高級外車を大学に乗り付けた。「体は大きいし、怖いぐらいのオーラだった」と、石川県能美市の画家上出慎也さん(56)は振り返る。

 鴨居は裸婦のデッサンを指導し、学生に並んで自らも描いた。探るように引いた曲線の束から、人物が浮かび上がった。

 最終日、学生にこう呼び掛けたという。「毎日、自画像を描きなさい。悲しい時、楽しい時、その時の顔を描きなさい」

 上出さんは鴨居から、2Hの鉛筆で彫刻を刻むように描くよう助言された。「今も人物を描く時は、硬い鉛筆を使っています」

 鴨居は老人や酔っぱらいなど弱い存在に共感のまなざしを注いだ。広島市の特別支援学校で教える中野さとみさん(54)=広島県三次市=は「先生の姿勢に影響を受けている」と話す。

 鴨居の講義は、翌年も予定されていた。再会を待ちわびる学生たちに、訃報が伝えられた。

     ◇

 久利さんは、晩年の鴨居の苦悩を語った。制作に行き詰まり、作品の質を維持するには、これ以上描いてはいけないと考えていたとみる。「もう少し長生きしていたらという仮定は、鴨居には当たらない」

 鴨居は何度も自殺を試みた。シルクのスーツを着込み、玄関に「ガス放出中」と張り出したという。だが本当の最期は違った。

 「車の排ガスを引き込み、絵の具で汚れたジーンズとTシャツ姿で倒れていた。医師が蘇生をあきらめ、時計を見た時、『えーっ』と思った」と久利さん。6人は無言で聞き入った。

 訪問を計画した小松さんは「先生との出会いから35年。あなたたちは思うように生きられましたかと問われた気がする」と話した。

神戸の最新
もっと見る

天気(8月23日)

  • 30℃
  • ---℃
  • 60%

  • 29℃
  • ---℃
  • 60%

  • 29℃
  • ---℃
  • 70%

  • 30℃
  • ---℃
  • 70%

お知らせ