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 「ねえ、ねえ、長谷部」「開発から40年も50年もたってるのに、須磨ニュータウンは、なんでニュータウンなの?」。須磨マンスリーを展開中の神戸版デスクが資料を手に、なにやら納得いかない様子だ。「と言われましても…」。「神戸市を担当しているのに分からないの?」「ボーッと生きてんじゃねーよ!」(長谷部崇)

 「なんでやねんと聞かれましても、開発当時から『ニュータウン』と呼んでますので…」。神戸市の担当者に尋ねたところ、案の定困り顔をされ、会話が終了した。市内陸・臨海計画課によると、須磨ニュータウンは1960年代に開発の始まった高倉台、北須磨、白川台、名谷、横尾、落合の6団地。後にできる西神ニュータウンなどのモデルにもなった。

 「須磨ニュータウン誌」(89年)によると、高倉台、北須磨、白川台の開発が始まった頃はまだ「須磨ニュータウン」とは呼ばれていなかったが、後発の名谷、落合、横尾の計画が具体化すると、6団地を一体的に開発する方向性が打ち出され、69年ごろから一帯の総称として「須磨ニュータウン」と呼ぶようになった。

 「ニュータウン」の定義は国や自治体によって異なり、かなり曖昧だ。神戸市の場合は、(1)郊外での開発事業(2)開発面積が10ヘクタール以上で、計画人口は1千人以上(3)人口の受け入れを主目的とした開発事業-などに該当する団地と定義する。市内のニュータウンの面積は約6400ヘクタールで市街化区域の3分の1、人口も約49万人で市全体の3分の1を占めるという。また、市によると「須磨ニュータウン」はあくまで「俗称」。須磨区役所のホームページでは、6団地周辺の開発エリアを含めて「須磨ニュータウン」としており、範囲もそこまで厳密に定めているわけではないようだ。

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 そもそも、ニュータウン発祥の地はイギリスだ。全国のニュータウン開発に携わってきた「市浦ハウジング&プランニング」(東京)によると、イギリスでは第2次大戦後、ロンドンなどの大都市に集中しすぎた人口や産業を分散させるため、46年制定の「ニュータウン法」に基づいて都市周辺の郊外にニュータウンが相次いで建設された。

 日本でも高度経済成長期、都市部への人口流入や若い世代の住宅ニーズの受け皿として、全国各地でニュータウンが開発された。その第1号は、62年に入居が始まった大阪府の「千里ニュータウン」。欧米の先進事例を採り入れて開発された千里に「ニュータウン」の名が付いたため、須磨や西神など後続の団地も続いたとみられる。

 ところで、全国にニュータウンはどれだけあるのだろう? 国交省土地・建設産業局は、(1)開発時期(1955年度以降)(2)規模(計画戸数1千戸以上か計画人口3千人以上で、広さ16ヘクタール以上)(3)立地(郊外)-の3条件で定義した全国のニュータウンをリストアップ。昨年度まとめたリストでは、全国2022地区が該当し、累計面積は大阪府に匹敵するという。うち、「ニュータウン」と名の付くまち(愛称含む)は1割弱。その多くは60~80年代に造成されている。

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