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山口彊さん(右)らの証言から核廃絶を訴える「二重被爆者」の一場面(上)と稲塚秀孝監督
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山口彊さん(右)らの証言から核廃絶を訴える「二重被爆者」の一場面(上)と稲塚秀孝監督

 広島と長崎で2度の原爆被害に遭った「二重被爆者」。その証言を長年、記録映画として発表している稲塚秀孝監督(68)=東京都渋谷区=の新作「ヒロシマ ナガサキ 最後の二重被爆者」が8月、神戸で公開される。21万人以上の命を奪った悲劇が、生々しい言葉により伝わってくる。(田中真治)

 稲塚監督は2005年、二重被爆者の山口彊さん(10年に93歳で死去)と知り合った。山口さんは三菱重工業長崎造船所の元技師で、出張先の広島で被爆。大やけどを負いながら避難列車で長崎に戻り、出社したところを再び原爆に襲われた。05年に次男をがんで亡くした後に体験を語り始め、ニューヨークの国連本部でも講演。核廃絶を訴える姿に稲塚監督は寄り添い、2本の作品を発表した。

 二重被爆者の正確な人数は分からないが、稲塚監督は手記などから130人以上の名前を掘り起こした。「話を聞ける人がいなくなる前に」と長崎市の協力も得て、新たに3人の取材が実現。8年ぶりに3作目が完成した。

 当時8歳だった女性と15歳だった男性はいずれも、広島の三菱重工の社宅で被爆。死体が川を埋め、山積みのリヤカーで運ばれていく「地獄絵」を見た。

 14歳だった女性は、広島で家の下敷きとなり、左耳の聴覚を失った。避難所では全身が焼けただれた人を看病し、「取っても取ってもウジが湧いてくる」悲惨な最期に打ちひしがれた。避難列車で着いた故郷の長崎も焼け野原と化し、人の形をとどめないほど黒焦げの死体に衝撃を受けた。

 「重たい体験を、最後の機会かもしれないと話してくれた。バトンを受け取るぎりぎりのタイミングだと感じた」と稲塚監督。山口さんの娘と孫、ひ孫が遺志を継ぎ、語り部として活動する思いにも迫り、記憶の継承を呼び掛ける。

 「映画をきっかけに他の証言者が見つかり、核廃絶のメッセージをさらに広げられれば」

 31日~9月6日午前10時半、元町4丁目商店街の元町映画館(TEL078・366・2636)で。初日は稲塚監督が舞台あいさつ。8月9日まで午後0時50分から、大阪・九条のシネ・ヌーヴォ(TEL06・6582・1416)でも上映。

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