神戸

  • 印刷
「日本三古湯」の一つに数えられる有馬温泉街=神戸市北区有馬町(有馬御苑から撮影)
拡大
「日本三古湯」の一つに数えられる有馬温泉街=神戸市北区有馬町(有馬御苑から撮影)
「日本三古湯」の一つに数えられる有馬温泉街=神戸市北区有馬町(有馬御苑から撮影)
拡大
「日本三古湯」の一つに数えられる有馬温泉街=神戸市北区有馬町(有馬御苑から撮影)
傷を癒やして温泉の存在を神に知らせたとされる3羽のカラスのオブジェ=神戸市北区有馬町
拡大
傷を癒やして温泉の存在を神に知らせたとされる3羽のカラスのオブジェ=神戸市北区有馬町
3恩人とされる(右から)行基、仁西、豊臣秀吉の像が残る有馬温泉=神戸市北区有馬町
拡大
3恩人とされる(右から)行基、仁西、豊臣秀吉の像が残る有馬温泉=神戸市北区有馬町

 日本三古泉の一つ有馬温泉(神戸市北区)。東京で、県外で、知人や友人に神戸自慢の観光スポットとして「有馬はねえ-」などと紹介している人は多いはず。私もその1人。神戸で暮らしながら泊まったことも、遊びに行ったことも数えるほどしかなく、実はあまりよく知らない。「北マンスリー 街道を行く」では、そんな神戸っ子のために、歴史▽訪れた偉人▽泉源の神秘▽特産品▽まちづくり-など、有馬温泉を徹底研究したい。第1限目は歴史を語る上で欠かせない「3羽のカラス」と「3恩人」から始めたい。(西竹唯太朗)

 温泉観光協会会長で、創業828年、陶泉御所坊の第15代当主金井啓修さん(64)にナビゲートをお願いした。

 神戸電鉄有馬温泉駅から徒歩約7分。奈良時代の僧行基が開祖したとされる温泉寺のそばに、3羽のカラスのオブジェが並ぶ。「なぜカラス?」。あっけにとられていると金井さんが説明してくれた。

 「神代の昔、有馬を訪れた2人の神が、水たまりで水浴している3羽のカラスを見つけ、体にあった傷が数日後に治ったのを目にしたという。その水たまりが温泉だったと伝えられています」

 時は流れて飛鳥時代、舒明天皇、孝徳天皇が相次いで行幸したことで、その名は一躍有名に。日本書紀には舒明天皇が約3カ月間滞在したとの記述が残る。

 「3恩人なくしては、今の有馬温泉はありません」と金井さん。

 「3恩人?」

 「行基、仁西、豊臣秀吉です」

 「温泉寺縁起」や「有馬温泉史話」などによると、行基は温泉寺、蘭若院、施薬院、菩提院を建立し、この地の基礎をつくったとされる。しかし、数々の苦難に直面する。

 1097年、有馬で洪水が起こり、まちは壊滅状態に。それを救ったのが大和国・吉野(奈良県)にあった高原寺の僧仁西だった。温泉を修繕し、12の宿坊を営んだという。金井さんは「現在、有馬で『坊』の文字が付く宿は、その流れをくむものが多い。うちもですが…」と教えてくれた。

 戦国時代の1528年には大火に見舞われ焦土と化した。そこに現れたのが豊臣秀吉だ。初めて有馬に足を運んだのは天下統一にめどがついた83年。長く続いた戦乱の世の疲れを湯で癒やした秀吉は、計9回訪れ、97年には大規模改修を実施したという。

 千年、いや1500年近くに及ぶ歳月の中で、歴史上の偉人たちが次々と足を運んだ。次回第2限目は、「有馬を愛した30人」に迫る。

神戸の最新