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(左から)足利義満、仁西、行基
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(左から)足利義満、仁西、行基
(左から)伊藤博文、伊能忠敬、豊臣秀吉
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(左から)伊藤博文、伊能忠敬、豊臣秀吉
(左から)孫文、蒋介石、山懸有朋
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(左から)孫文、蒋介石、山懸有朋

 月も日も いのち有馬の 湯にうつり やまひはなしの 花とちりける

 有馬温泉(神戸市北区)の太閤の湯殿館に掲げられている短歌だ。計9回に亘ってこの地を訪れた豊臣秀吉は「命永らえてやってきた有馬の湯に月も日も美しく写り、その素晴らしさに病はすっかり良くなってしまった」と、冒頭の短歌を詠んだ。古代から近現代に至るまで多くの偉人が足を運んだ有馬温泉。観光協会会長で、創業828年、「陶泉御所坊」の第15代当主金井啓修さん(64)に「有馬を愛した30人」を選んでもらった。(西竹唯太朗)

 金井さんが挙げた30人は表(写真1)の通り。

 平安時代には、「この世をば 我が世とぞ思ふ…」の和歌で知られ、摂政・太政大臣として栄華を極めた藤原道長や、歌人・小野小町などが足を運んだ。

 室町時代になると、3代将軍足利義満が御所坊に宿泊。金井さんは「うちはそれまで湯口屋という屋号だったが、京都に花の御所をつくった義満が泊まったことで、今の屋号になった」と説明する。

 安土桃山時代は、秀吉、黒田官兵衛、石田三成、千利休など歴史に名をはせるラインアップ。「官兵衛は有馬の湯をとても気に入っていたようで…」と金井さん。有岡城(兵庫県伊丹市)での幽閉後、傷を癒やすために有馬に通ったと伝わる。

 江戸時代に入ると幕府の直轄領として栄え、人形浄瑠璃作家の近松門左衛門や日本地図を作った伊能忠敬らが訪問した。

 明治~昭和期には初代県知事の伊藤博文が御所坊に宿泊。館内の一室には直筆でしたためた書が残る。作家の谷崎潤一郎は、関東大震災後に移り住んだ神戸市東灘区の自宅からたびたび通い、小説「細雪」「春琴抄」の中に有馬温泉が登場する。1936年に発表した「猫と庄造と二人のをんな」には「御所坊」の名前も記載されているという。

 また、台湾の総統を務めた蒋介石は1927年、恋人の宋美齢との結婚許可を得ようと、宋の母が療養のために滞在していた有馬温泉にやって来たという。

 5月に退位した明仁上皇も皇太子時代の58年に有馬を訪れている。

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