神戸

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朝の通勤ラッシュ時間帯。和田岬駅に入線した車両から降りる乗降客=兵庫区和田宮通4
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朝の通勤ラッシュ時間帯。和田岬駅に入線した車両から降りる乗降客=兵庫区和田宮通4
朝の通勤ラッシュ時間帯。和田岬駅に入線した車両から降りる乗降客=兵庫区和田宮通4
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朝の通勤ラッシュ時間帯。和田岬駅に入線した車両から降りる乗降客=兵庫区和田宮通4
1969年の和田岬線。車両からあふれんばかりの状態で乗降客を運ぶ
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1969年の和田岬線。車両からあふれんばかりの状態で乗降客を運ぶ
昼間の8時間は運行されない和田岬線のダイヤ
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昼間の8時間は運行されない和田岬線のダイヤ
神戸新聞NEXT
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 令和元年の師走の朝。踏み切りの音と規則的に響くジョイント音とともに、6両編成の電車が簡易な構造のホームに滑り込む。ドアが開くとコート姿のサラリーマンやOLが一斉に歩き出す。狭いホームは身動きするスペースもない。大半は、近くの三菱重工業神戸造船所へと吸い込まれていった。(杉山雅崇)

 JR和田岬駅(神戸市兵庫区和田宮通4)。兵庫駅から延びる支線(全長約2・7キロ)の終点駅で、多くの人は、この支線を「和田岬線」と呼ぶ。だが、あくまで通称。正式には山陽本線の支線という扱いだ。

 後日、「和田岬線徹底研究」を掲載する予定のため、詳細はこのあたりでとどめるが、もう一つだけ特徴を書かせてもらうと、午前9時過ぎから午後5時過ぎまでダイヤは空白。つまり、昼間の約8時間は、電車が一切走らないのだ。

 平日は17往復、土曜日は12往復で、日曜・休日は何と2往復しかない。「地域住民の足的役割を担えていないのでは?」と思ってしまうのは私だけだろうか。

     □

 ただ、支線の歴史をひもとくと、敷設理由が見えてくる。

 兵庫-和田岬間で営業運転が始まったのは1890(明治23)年。神戸市政施行の翌年だ。現在は貨物運搬はないが、当時は、周辺からの大量の荷出しが行われていた。

 それだけではない。和田岬線から21年後の1911年、同線から分岐する「兵庫臨港線」が開通し、新川駅を経て、神戸市場駅と兵庫港駅まで鉄道が延びた。当時は、兵庫港も活況を呈しており、労働者と荷揚げされた物資の往来で、かなりの本数の列車が行き交った。

 しかし、自動車輸送の発達や兵庫港の衰退などに伴い、兵庫臨港線は1984年に姿を消した。

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 兵庫駅から和田岬線に乗ってみた。満員電車に揺られ、わずか3分半で和田岬駅に到着した。都会の駅には珍しい無人駅。改札はおろか自動券売機もない。

 「都会の中のローカル線」。いや、「都会の中の秘境路線」と言うべきか。

 同線を走る車両は1台(6両編成)しかないため、到着した車両は乗客を降ろすと、すぐに折り返していった。

 1回では車窓から見える風景を落ち着いてみることができない。繰り返し、乗っているうちに気になる建物を見つけた。レトロな造り。喫茶店のようだ。興味をそそられ、行ってみることにした。

 窓越しに店内を見ると、作業服の男たちでにぎわっていた。モーニング目当ての常連客のようだ。「この町の空気を感じたい」。勇気を出して入ってみることにした。

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