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小泉八雲の肖像写真。大変珍しく左目も写っている(小泉八雲記念館提供)
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小泉八雲の肖像写真。大変珍しく左目も写っている(小泉八雲記念館提供)
八雲の目を治療したドイツ人医師をほぼ特定した楠本利夫さん=神戸市役所
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八雲の目を治療したドイツ人医師をほぼ特定した楠本利夫さん=神戸市役所

 「怪談」などで知られる明治期の作家小泉八雲(ラフカディオ・ハーン、1850~1904)の肖像写真は大半が右向きの横顔。事故で失明した左目を人に見せるのを嫌がったからだという。残る右目も神戸在住時に過労で失明しかけたが、医師の指示で回復したとされる。この眼科医のフルネームや国籍、生年月日を神戸の郷土史家がほぼ特定した。「神戸時代のハーンの暮らしを解明するきっかけになれば」と話す。(上杉順子)

 新たな発見をしたのは、旧居留地など神戸の国際関係史を研究する、芦屋大元教授の楠本利夫さん(77)=神戸市西区。

 ギリシャで生まれ、欧州で育った英国籍のハーンは米国でジャーナリストとして頭角を現した後、「古事記」や米万博で触れた日本文化に興味を持ち、1890年に来日する。

 島根、熊本県に暮らし、94年秋に神戸へ。英字紙「神戸クロニクル」の論説記者をしたり、紀行文を書いたりして2年間滞在した。この間、松江市で出会った小泉セツと正式に結婚し、日本国籍を取得して「小泉八雲」となった。

 16歳の時に遊具が当たり左目を失明したが、来神後まもなく右目も悪化し、失明の危機を迎えた。楠本さんによると、日本語の文献には、眼科医の指示で自室を暗くし、目に湿布をして安静にしていたところ回復した-と書いてあるという。医師の名前は記されていなかった。

 そこで楠本さんは邦訳が出ていない別の研究書の英語原文を読み、医師の姓「PAPELLIER」(英語読みでパペリエル)を確認。さらに、ドイツ船の船医だった、ニュルンベルグの新聞に寄稿した-などの記述から、ドイツ人ではないかと推理した。

 同時代の神戸在住外国人の名鑑、神戸市立外国人墓地(同市北区)の名簿や墓碑と照合し、この医師が妻と同墓地に眠るドイツ国籍のエドワード・パペリエル氏だとほぼ特定した。当時の神戸にドイツ人は180人程度しかおらず、珍しい姓で医師であることから、同一人物でほぼ間違いないという。

 八雲のひ孫である、小泉八雲記念館(松江市)の小泉凡館長(58)は「八雲は五感を研ぎ澄ませて隻眼をフォローし、異文化を観察していた。右目の視力の確保は命がけだった。このドイツ人医師はまさに『命の恩人』で、その名が分かり、幸せだ」とコメントしている。

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