神戸

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御旅筋商店街の象徴だった名物ゲートも撤去された=神戸市兵庫区羽坂通3(神戸下町ブログ提供)
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御旅筋商店街の象徴だった名物ゲートも撤去された=神戸市兵庫区羽坂通3(神戸下町ブログ提供)
現在の御旅筋=神戸市兵庫区羽坂通3
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現在の御旅筋=神戸市兵庫区羽坂通3
1963年の山陽電鉄兵庫駅
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1963年の山陽電鉄兵庫駅
戦前の御旅筋商店街の地図。300を超える店舗がひしめき合っていた(生田神社社報より)
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戦前の御旅筋商店街の地図。300を超える店舗がひしめき合っていた(生田神社社報より)

 阪神・淡路大震災から25年を迎えた17日の朝は静かに明けた。神様の宿場を意味する「御旅」。私たちは、その名を冠し、かつて大きなにぎわいを見せていた「御旅筋商店街」(神戸市兵庫区)に立った。震災でほぼ全ての店舗が全壊。核をなしていた御旅市場はなくなり、4年前には同商店街を構成していた四つの商店会でつくる連合会も解散した。午前5時46分。御旅筋を歩く。四半世紀の歳月を悼み、祈る人たちの姿は見られなかった。これも被災地の一つの表情。そう実感した。このまちの今昔を見つめる「御旅のまちから」を始めたい。(杉山雅崇、藤原 学)

 御旅の名は、同商店街の北端にある生田神社兵庫宮御旅所(同区大開通6)に由来する。JR兵庫駅から御旅所まで南北約300メートルの参道が同商店街で、ほぼ中央付近で東西に御旅市場が交差していた。

 その歴史は大正時代にさかのぼる。同区南部の重厚長大産業の発展に伴い、同駅北側は商業集積地になっていった。

■西日本初のアーケード

 同神社の機関誌には、戦前の同商店街の地図が掲載されており、300を超える店舗がひしめき合っていた様子がうかがえる。

 昭和初期には、西日本初となる天幕式アーケードがお目見え。第2次世界大戦末期の神戸空襲で一帯は焼け野原となったが、20年近くの歳月を経て復興した。

■山電に兵庫駅?

 いつも気になるのが、新開地の神鉄ビル南側からJR兵庫駅を経由し、西市民病院にまで延びる道路の形だ。同駅を頂点に「V字状」になっている。

 調べてみると、同駅北側の関西スーパーなどが入る「兵庫駅前ショッピング・ユー商店街」の場所には、1968年まで山陽電鉄兵庫駅があった。神鉄ビル南側から同駅までは神戸市電が走り、同駅は一大ターミナルだった。神戸高速鉄道の開通により、山電、市電とも廃止され、V字状の道路だけが残ったという。

■名物アーチも撤去

 山電兵庫駅と市電の廃止により、買い物客の流れが変わり、空洞化が進んでいった。そこに、追い打ちを掛けたのが阪神・淡路大震災だった。

 激しい揺れに、御旅筋商店街のほぼ全ての店舗が倒壊。亡くなった商店主や従業員もいた。震災を機に廃業した店舗や、買い物客の減少、商店主の高齢化により、店を閉める人も後を絶たず、2012年には約50店舗に減った。16年には同商店街の運営を長年担っていた四つの商店会(羽坂、中央、御旅筋、大開)でつくる連合会も解散した。

 そしてもう一つ、御旅筋のランドマークだった南北の名物ゲートも老朽化により、15年に取り壊された。

     ◇

 アーケードやアーチも姿を消したが、JR兵庫駅前の好立地を生かし、御旅のDNAを守り続ける店舗もある。私たちは、このまちで力強く生きる3人の商店主を訪ねた。

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