神戸

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父の代から続く宝飾店を営む山本隆さん=神戸市兵庫区
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父の代から続く宝飾店を営む山本隆さん=神戸市兵庫区
震災直後の御旅筋商店街の様子(山本さん提供)
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震災直後の御旅筋商店街の様子(山本さん提供)
地震で倒壊した御旅筋周辺の木造の建物=1995年1月撮影、神戸市兵庫区(山本隆さん提供)
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地震で倒壊した御旅筋周辺の木造の建物=1995年1月撮影、神戸市兵庫区(山本隆さん提供)
揺れとその後の火災でできたがれきの山=1995年1月撮影、神戸市兵庫区(山本隆さん提供)
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揺れとその後の火災でできたがれきの山=1995年1月撮影、神戸市兵庫区(山本隆さん提供)
家具や自転車などが散乱した山本さんの店舗兼住居=1995年1月撮影、神戸市兵庫区(山本隆さん提供)
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家具や自転車などが散乱した山本さんの店舗兼住居=1995年1月撮影、神戸市兵庫区(山本隆さん提供)

 JR兵庫駅から生田神社兵庫宮御旅所(神戸市兵庫区大開通6)まで南北約300メートルの御旅筋。商店やマンションが整然と立ち並ぶ光景は、一見、どこにでもある駅前の街並みに映る。阪神・淡路大震災で壊滅的な被害を受けたことや、かつて一大商店街を築いていたことなど容易に想起できない。街灯に残る商店の広告看板だけが、その記憶を伝えているように見えた。

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 御旅筋のほぼ真ん中で宝飾店「ジュエリーヤマモト」(同区)を営む山本隆さん(65)は、震災直後に親戚が撮影した10枚ほどの御旅筋の写真を大切に保管している。

 「店に店がもたれかかるように倒れていた。1階が2階に押しつぶされた店もようさんあった。その光景は現実とは思われへんかった」

 すさまじい揺れは、容赦なく山本さんの店舗にも襲いかかった。両親が暮らしていた住居兼店舗は全壊。山本さん一家が居住していた近くのマンションも被害を受けた。幸いにも家族全員無事だったが、生まれ育ったこの街を、一瞬にして奪った地震の脅威に山本さんの心は悲鳴を上げた。

 夜になると、天井が目の前に迫る幻覚で眠れない。サイレンの音を聞くと体が無意識に震え、涙が出た。「今思えばあれはPTSD(心的外傷後ストレス障害)やったんやろか。家族や親戚など周囲の支えがなかったら、どうなっていたか分からない」と震災直後の写真をじっと見つめる。

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 先代の父・正直さん(故人)が店を開いたのは60年ほど前。高度経済成長期で、山本さんは幼少期の御旅筋の活況を今でも鮮明に覚えている。

 「友達とかくれんぼをようやったけど、御旅市場に隠れるのは禁止やった。道を渡れないくらい人通りが多かったからなあ」

 懐かしげに語る山本さんだが、何よりショックだったのは御旅市場が姿を消したことだという。「街の誇りやった。買い物と言えばここやったし、歩けば知り合いがいた。そんな市場が大好きやった」

 震災後、再建を断念する商店主仲間が後を絶たない中、山本さんは、震災4年後の1999年に店を復活させた。

 「実を言うと葛藤はあった。がれきの山と化したこの街で、『ぜいたく品なんて売れるんかいな』と思い悩んだ」。しかし、商品が無事だったことや宝飾業が好きだった父のため、再建を決意したという。

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 宝飾店を訪ねると、山本さんは応接室で、ネックレスを買い求めたり、眼鏡の度数調整をしたりする常連客の対応をしていた。

 「ネット時代やからこそ、あえて口コミで活路を見いだすことに挑んでいる。顧客との対話を重視し、親身になって接する。評判は広がるもんや。区外からの常連さんも増えてきた」

 山本さんはこう力を込め続けた。

 「震災で背負った店の再建ローンは85歳まで続く。やれるだけ、前へ進むしかない」(杉山雅崇)

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