神戸

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戦前の「神戸ユダヤ共同体」に隣接していた石垣=神戸市中央区山本通1
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戦前の「神戸ユダヤ共同体」に隣接していた石垣=神戸市中央区山本通1

 戦時中、外交官杉原千畝(1900~86年)が発給した「命のビザ(査証)」に救われたユダヤ難民のうち、多くが身を寄せた神戸市中央区に、今もユダヤ人が訪れる石垣がある。戦前の姿をとどめる石垣の西隣に、難民支援の拠点だった「神戸ユダヤ共同体(通称ユダヤ人協会)」の異人館があったからだ。ビザの発給から80年。石垣所有者らが今春、神戸とユダヤ人の歴史を後世に伝えようと、掲示板を設置する。(段 貴則)

 神戸は開港後からユダヤ人貿易商らが渡来し、12年ごろには同共同体やシナゴーグ(ユダヤ教会堂)が設立された。39年、ナチス・ドイツがポーランドへ侵攻後、リトアニアに避難したユダヤ人に対し、領事代理だった杉原は本国の方針に反し、日本経由の亡命を助ける「通過ビザ」を発給。同行の家族を含め約6千人とも言われる命を救い、その多くが神戸に滞在した。ユダヤ人協会が、住居や生活資金の提供、亡命に関する相談などに応じた。

 石垣は高さ約2メートル、長さ約25メートル。異人館は空襲で焼失したが、石垣は無事だった。現在、異人館が建っていた土地半分と、石垣が残る土地は、神戸電子専門学校を運営する学校法人「コンピュータ総合学園」が所有し、同校校舎が建っている。

 掲示板は、同学園の福岡賢二常務理事や神戸外国人居留地研究会の岩田隆義理事、石垣そばにある一宮神社の山森大雄美宮司を中心に準備を進めている。日本語、英語、ヘブライ語で石垣周辺が「人道支援の地」だった歴史を紹介。歴史家デイビッド・クランツラーが著書に記した「神戸には反ユダヤ主義はなかった。あったのは、あたたかい思いやりとやさしさばかりだった」も添える。

 また、石垣のある同校校舎は阪神・淡路大震災時、約200人の被災者を受け入れ、多くのボランティアが避難生活を支えた。「戦前のユダヤ人だけでなく、大災害の避難者を助け合う土壌は25年前の神戸にもあった」(福岡常務理事)として、震災の記述も掲示板に刻むという。

 3人は「戦争の色が濃くなっていく時代にあって、誰も排除せずに受け入れ、救いの手を差し伸べた人たちが神戸にいたことを、次世代に受け継ぎたい」としている。

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