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生田神社兵庫宮の本殿。空襲と震災を乗り越えた氏子たちの思いが詰まる=神戸市兵庫区大開通6
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生田神社兵庫宮の本殿。空襲と震災を乗り越えた氏子たちの思いが詰まる=神戸市兵庫区大開通6
昭和34年の兵庫宮。戦災から見事に復興している(生田神社社報より引用)
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昭和34年の兵庫宮。戦災から見事に復興している(生田神社社報より引用)
現在の大鳥居。震災で倒壊したが、再建された
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現在の大鳥居。震災で倒壊したが、再建された

 御旅筋の名の由来ともなった、生田神社兵庫宮御旅所(神戸市兵庫区大開通6)。毎年4月に行われる「神幸祭」では、神輿などが繰り出し、大きなにぎわいを見せる。しかし、なぜ、生田神社の御旅所が兵庫区にあるのだろうか? 

 生田神社誌には、古来、同神社の祭神を神功皇后ゆかりの和田岬へと渡御させていたとの記述が残り、1773年(江戸時代)に湊川地域が御旅所と定められたという。現在の兵庫宮の前身が完成したのは、1898年(明治時代)。兵庫地区の氏子らが、一帯の土地を同神社に寄進したことで、御旅所としての新たな一歩を踏み出した。

 1945年3月の神戸空襲では、焼夷弾が降り注ぎ、兵庫宮本殿と関連施設が全焼。しかし、当時の宮司の機転でご神体を疎開させていたことから、神社の伝統は受け継がれた。

 戦後、氏子たちは兵庫宮の再建に動き出した。市の復興計画に従い、水木通から道一つ隔てた塚本通への遷座が計画され、52年には現在の場所に本殿が完成した。95年の阪神・淡路大震災では、社務所や大鳥居などが倒壊するなど大きな被害に遭ったが、3年後には再建された。

 空襲と震災を乗り越え、現在に残る兵庫宮。御旅筋の活気を取り戻そうと、地域イベントなどを協力して開催している。兵庫宮の安藤公彦主任(43)は「地域と共にある神社として、氏子らと共にこれからも歩んでいきたい」と話した。(杉山雅崇)

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