神戸

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「むかしの神戸」(和田克巳・編著、神戸新聞総合出版センター)に掲載されている戦前の神戸タワー。巨大なネオン広告が目を引く
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「むかしの神戸」(和田克巳・編著、神戸新聞総合出版センター)に掲載されている戦前の神戸タワー。巨大なネオン広告が目を引く
跡地付近に立つ時計塔。神戸タワーを今に伝えるパネルがある=兵庫区新開地1
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跡地付近に立つ時計塔。神戸タワーを今に伝えるパネルがある=兵庫区新開地1

 神戸市兵庫区の湊川公園に、変わった形の時計塔を見つけた。紹介パネルには、戦前から戦後にかけ、この地にあった「神戸タワー」の記念碑だと記してある。誰もが港町・神戸のランドマークとして思い浮かべる神戸ポートタワーとは別に、新開地にタワーがあった? 調べてみると、東京・浅草と並び称された新開地のにぎわいを象徴する建造物だった。(杉山雅崇)

 神戸タワーは、地元住民らによって1924(大正13)年に建設された。当時は「高さ300尺(約91メートル)」と宣伝され、東洋一の呼び声もあったそうだ。晴れた日には、和歌山県と淡路島に挟まれた紀淡海峡まで見渡せたという証言も。街のシンボルとして、多くの観光客がタワー上部の展望台に登ってから、新開地へ繰り出した。実は、高さが57メートルだったと指摘されているが、それでも、浅草の凌雲閣、大阪の通天閣と並ぶ高層建築だったことは間違いない。

 新開地の純喫茶「エデン」の男性店員(66)に話を聞くと、懐かしそうに思い出話を語ってくれた。60年代半ばには、展望台は既に立ち入り禁止だったという。「上に登ったことはないけどな、石けんとかの広告が付いていた塔が新開地のどっからでも見えたなぁ」と振り返る。

 神戸タワーは、太平洋戦争末期の空襲を乗り越えたが、戦後、老朽化が目立ち始めた。63年、中央区波止場町に神戸ポートタワー(避雷針を含めた高さ108メートル)が完成。その5年後、世代交代するかのように神戸タワーは取り壊された。

 新開地の象徴が姿を消して今年で52年。跡地には時計塔しかなく、半世紀前の“元祖神戸タワー”を知らない住民も多いはず。東洋一とも称された兵庫っ子自慢のタワーに思いをはせてみてはいかがだろうか。

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