神戸

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チョコ、ガム、水風船にスーパーボール…。思わず大人も童心に帰る駄菓子屋「中川」=神戸市兵庫区吉田町1
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チョコ、ガム、水風船にスーパーボール…。思わず大人も童心に帰る駄菓子屋「中川」=神戸市兵庫区吉田町1
今や希少な「湯の町浴場」のくみ出し洗い専用槽。浴場の中心で体を清める=神戸市兵庫区熊野町3
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今や希少な「湯の町浴場」のくみ出し洗い専用槽。浴場の中心で体を清める=神戸市兵庫区熊野町3

 下町には銭湯と駄菓子屋がよく似合う。片や大人の社交場、片や子どもの遊び場。その数は減る一方とはいえ、ここ、神戸市兵庫区には今も、根強いファンに支えられながら、地域の文化を次代へ残そうと知恵を絞る人たちがいる。(喜田美咲)

 空襲で焼け野原となった神戸。「そこに次々と銭湯の煙突が立った」。新開地近くで朝日温泉(永沢町2)を経営する佐々木勝司さん(78)が振り返る。その活況は、適正配置のため法や条例で銭湯間の「距離制限」が定められたことからもうかがえる。

 「銭湯ができると分かると、その近所にアパートが建ち、駄菓子屋や酒屋ができた」。一般家庭に風呂が普及し始めるのは昭和30年代。戦後の下町の形成に、銭湯は不可欠だった。

 市浴場組合連合会によると、市内の銭湯数のピークは1965年ごろで、約380軒に上った。それが、2020年には35軒と約1割に。兵庫区内でも70軒から10軒に減少した。

 丸岡伸年・同連合会長(59)によると、「店主の高齢化や後継者不足から、20~30年ごとの設備更新のタイミングでたたむ人が多い」。1995年の阪神・淡路大震災後は、とりわけ大きく減ったという。「倒壊した店の廃業もあるが、再建した家が風呂付きになった影響が大きかった」

 銭湯のある下町暮らしも変わった。「風呂上がりに、子どもは駄菓子屋でジュースやアイス。親は角打ちで一杯飲んで帰る。これが定番だったのに」と佐々木さんはつぶやく。

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 銭湯同様、駄菓子屋の数も減っている。

 造船の町・和田岬地区の「淡路屋」(笠松通7)を四半世紀前に継いだ伊藤由紀さん(50)は「当時は校区内に3、4軒あったはず」と話す。

 コンビニなどの影響もあってか、兵庫区内に残るのは片手で数えられるほどだという。だが、寂れきってしまったわけではない。

 隣接する浜山地区にある「中川」(吉田町1)。戦災、震災をくぐり抜け、約30年にわたる土地区画整理事業を今春終える同地区の路地で、中川艶子さん(91)は約60年、駄菓子屋を営んできた。

 「甘いものが好きだったからね」と中川さん。戦時中に配給された乾燥バナナの味を、今も覚えているという。昔は駄菓子屋の実入りは悪くなく、内職代わりに始めた。自宅の裏庭に増築した店先には、数十円で買える品がぎっしりと並ぶ。

 大人になったかつての常連が訪ねてくることも珍しくなく、「名前は忘れても、顔は覚えてるよ」と話す。震災の時にも水や食料を持ってきてくれたといい、「長くやってるとうれしいこともある。100歳まで続けられたら」と顔をほころばせる。

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 銭湯も、うれしいことに古株が頑張っている。

 山手の夢野地区にある湯の町浴場(熊野町3)は、創業66年。神戸ならでは、と銭湯マニアが熱い視線を送る、くみ出し洗い式の銭湯だ。浴場中央の細長い槽は掛け湯専用。周りの段に腰掛けて体を洗う仕組みで、「知らないで漬かろうとする人もいるのよ」と松本とも江さん(72)。1980年に改装した際にあつらえたものだが、今では市内でも珍しいそうだ。

 「次にガタが来たらおしまいだね」と自嘲するように笑うも、夫と二人三脚で守ってきた店への愛着は深い。「この仕事が生活のメリハリにもなっているし、まだまだ続けたいね」

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