神戸

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「トアロードは神戸らしい道」と話す、神戸文学館学芸員の北村暁子さん=神戸市中央区三宮町2
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「トアロードは神戸らしい道」と話す、神戸文学館学芸員の北村暁子さん=神戸市中央区三宮町2
1939年ごろのトアホテル。50年に焼失した
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1939年ごろのトアホテル。50年に焼失した
通りの表示板もレトロモダン=神戸市中央区中山手通2
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通りの表示板もレトロモダン=神戸市中央区中山手通2

 三宮神社(神戸市中央区)前の交差点から山手を望むと、ビルの間を一本道が、まっすぐ延びる。それが「トアロード(TOR ROAD)」だ。開港とともに外国人相手の店が立ち並び、ハイカラ文化を象徴する道は、この街に魅せられた数々の作家に取り上げられている。読書の秋、神戸文学館(同市灘区王子町3)の学芸員・北村暁子さんの案内で、文学散歩としゃれ込んだ。(伊田雄馬)

 JR・阪急の高架の向こうに広がるのは、六甲山の深緑と、さわやかな秋空。「英語の看板を掲げた店が軒を連ね、異国情緒の漂う道でした」。坂道を上りながら、北村さんが話す。

 トアロードは愛称。古くは「三ノ宮筋」といった。愛称は、1908年に開業した「トアホテル」に由来するというのが通説。ホテル建設以前は、英国人の邸宅「トール(小山)の館」があったという。戦時中は「東亜道路」とも表記され、道路法上の名称は「東亜筋線」だ。

 「初めて出版物に書いたのは、神戸育ちの稲垣足穂(たるほ)(1900~77年)と言われています」と北村さん。25年の「神戸漫談」には、こうつづられる。

 〈神戸のことを知っている人は、きっと三宮の東にある山の方へ一直線につづいているアスファルトの長い坂を知っているにちがいない〉

 その長い坂のてっぺんがトアホテル跡。谷崎潤一郎(1886~1965年)の代表作「細雪(ささめゆき)」では、4姉妹の三女・雪子のお見合いの舞台として描かれる。

 破談に終わったオリエンタルホテルを避けて、次に選ばれたのがトアホテル。「旧居留地の名門に、引けを取らない格式だったことがうかがえます」

 戦後は、外国人の社交場・神戸倶楽部(くらぶ)が移転。西隣の旧移民収容所(現海外移住と文化の交流センター)の建物は、石川達三(1905~85年)の芥川賞受賞作「蒼氓(そうぼう)」に登場する戦前の姿をとどめる。

 坂を少し下った所には、「世界一の朝食」で知られる神戸北野ホテル。ここにかつて、早世の作家・久坂葉子(1931~52年)が暮らしていた。

 久坂は、19歳の時に書いた「ドミノのお告げ」で芥川賞候補となるも、21歳で命を絶った。

 「若くして才能を示し、人生最後の3年間を過ごしたこの場所で、多くの作品を生んでいます」

 本名は川崎澄子。川崎財閥の一族に生まれた文学少女に、どんな苦悩があったのか-。見上げたホテルの窓辺に、愁いを帯びた姿がのぞくような気がした。

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