三木

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別所重棟の寝返りについて新説を発表した渡辺大門さん。昨年5月には三木で講演した=みき歴史資料館
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別所重棟の寝返りについて新説を発表した渡辺大門さん。昨年5月には三木で講演した=みき歴史資料館

 兵庫県三木市ゆかりの歴史学者渡辺大門さん(49)=千葉県=が、三木城主・別所長治の叔父で織田信長方に寝返った重棟について新説を発表した。家中の対立に敗れて兄に取って代わられ、羽柴秀吉に引き寄せられたと考察。「裏切り者と見られるが、厳しい時代に合理的な判断をした」と話す。

 三木高校出身。十六世紀史研究学会が3月に発行した「十六世紀史論叢」第8号に論文「播磨三木合戦に関する一考察」を掲載した。

 1570年に上洛した信長の求めに応じ、長治と京都を訪れた重棟は「家臣団の中枢にあった」と想定。阿閉城(加古川市)の守備を任され、曽根天満宮(高砂市)への禁制を重棟の名で出したことから「現在の加古川市と高砂市の支配を任されていた」と考えた。

 しかし77年、常楽寺(加古川市)が豪族に預けた置き文には兄賀相の意向を踏まえるよう求める記述があったため「賀相が台頭した」と分析。織田方と毛利方のどちらに付くかを巡る家中の対立で毛利方を主張する賀相が勝ち、重棟の地位は低下したと結論付けた。

 秀吉が重棟の娘と黒田官兵衛の長男長政との結婚を勧め、関係構築を図ったことも紹介している。

 送料込み2千円。歴史と文化の研究所TEL047・394・4879

(大島光貴)

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