三木

  • 印刷
収集歴30年以上の染め型紙について解説する郷土史家の筒井俊雄さん=三木市大塚2、ギャラリー湯の山みち
拡大
収集歴30年以上の染め型紙について解説する郷土史家の筒井俊雄さん=三木市大塚2、ギャラリー湯の山みち
米俵やイチョウを模様にした染め型紙=みき歴史資料館提供
拡大
米俵やイチョウを模様にした染め型紙=みき歴史資料館提供
人型を面白く模様にした染め型紙=三木市上の丸町、みき歴史資料館
拡大
人型を面白く模様にした染め型紙=三木市上の丸町、みき歴史資料館
扇や鼓を描いた染め型紙=三木市上の丸町、みき歴史資料館
拡大
扇や鼓を描いた染め型紙=三木市上の丸町、みき歴史資料館

 衰退した兵庫・三木の伝統産業「染め型紙」の文化継承に、三木市内の郷土史家らが尽力を続けている。染め型紙は江戸期に隆盛を誇り、19世紀に欧州の美術を席巻した「ジャポニスム」にも影響。歴史的意義は深いが、産業革命で技術が失われ、伝統が途絶えた。当時の文化が忘れられつつある中、関係者らは「市の文化財に指定を」と地域遺産の見直しを訴える。(篠原拓真)

 染め型紙は着物などの生地に文様を染めるために使用する。特に伊勢型紙は全国でも有名だが、郷土史家の筒井俊雄さん(92)は「その伊勢から商圏を巡る苦情が出るほど、三木も当時は盛んだった」と解説する。

 1742年の文書「三木町諸色明細帳控」には、型屋16軒、鍛冶屋12軒の記録が残る。当時は金物産業よりも栄え、地誌書「播磨鑑」には三木土産として記されている。

 三木では複数の型紙で多様な模様を表現する技法が施されたほか、上方文化から社会風刺などの柄も生まれた。オランダ商館医のシーボルトが欧州に持ち帰った型紙の中には、三木の型紙も含まれていたという。ただ、明治期以降はインド綿の流入や紡績の機械化などにのみ込まれ、型紙産業は衰退した。

 筒井さんらは三木が誇る染め型紙の歴史を収集と調査を続けながら、市内で定期的に展示会を開催し、伝統継承を呼び掛ける。当時の発展に羽柴秀吉が関わっていたことや欧州への影響なども紹介し、近年はその存在が再認識されつつある。筒井さんは「世界的にも評価され、三木の誇るべき文化。しっかりと次世代に継承してほしい」と強く願っている。

三木
三木の最新
もっと見る
 

天気(1月19日)

  • 7℃
  • 1℃
  • 20%

  • 3℃
  • 0℃
  • 70%

  • 7℃
  • 2℃
  • 10%

  • 6℃
  • 0℃
  • 20%

お知らせ